幸運は勇敢な者を好む。
□苦しみの面会。
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面会時間は30分も与えられた。もっと長くなっても構わないとも言われた。そんなに話すことはない。そもそも私が来たいと思ってきたわけじゃないのに。
轟くんは面会室には入らなかった。部外者がこの場に居るのは良くない、と言って。そうしてもらえるのは有難かったが、反対に不安にもなった。彼が何も話さないとしても、せめてそこに居てくれれば、心の支えになったはずだ。
椅子にかけて待っていると、アクリル板の向こうで錆び付いたドアが音を立てて開き、そこから女性が入ってきた。髪は前より綺麗ではないし、顔のシワも増えて老けているように見えるが、確かに母だった。もちろん監視の立会人も入室した。
ため息をつきながら腰掛けた母はだるそうにこちらを見る。そしておもむろに話し始めた。
「昔は楽しかったよ。街で男ひっかけて、好きに暴れて、やりたい放題でさ。それが今じゃ毎日が地獄。個性も使えないし体が鈍って仕方ない。来る日も来る日もつまんないし……今日は唯一の異常な日かも。
ねぇ、あんたずいぶんでかくなったわね。あたしの知るあんたはこんなちっちゃい赤ん坊だったのに、とっくに成人してんじゃないの?でも若いわ、羨ましいものね、あたしはこんなババアなのに」
よく喋るな、と思った。話を聞いてくれるいい相手が来た、と考えているのだろうか。誰かが遮らなければ、この人は永遠に話し続けるだろうというほど、際限がない。
「あんたの個性なに?」
「……アイコンタクト」
「あー!あのババアの隔世遺伝ね。あたしの個性ならもっと楽しかったのにねぇ!あたしのは記憶操作。知ってたっけ?他人の記憶めちゃくちゃにいじれちゃうわけ。あたしほどになると何人でも御茶の子さいさいよ。消すのも入れ替えるのも、遠くの人間も簡単!おかげで敵活動はしやすかったわぁ」
記憶操作なんて、いかにも敵的な個性だ。どれだけの犯罪をおかしても記憶を変えれば問題ない。ずるいと言えばずるいし、それだけと言えばそれだけ。やりようによってはいい使い方だって出来るはずだけど。
「アイコンタクトじゃあ敵活動しづらいわぁ」
「私は敵になんてなってない」
彼女は意味がわからないという顔をした。娘は敵として何かをしているだろうと確信があったらしい。仮にしていたとしても、こんな場所で打ち明けたりはしない。
「親が敵だからって子供もそうとは限らないでしょ。私は貴方みたいにロクでなしになりたくないから。……誰かを殺してるのに死刑じゃないなんて不思議だね」
「何それ。こんなことなら、あんたみたいなガキの為にあんなことするんじゃなかったわ。その方が敵になってたかも」
彼女は立ち上がって椅子を蹴り飛ばした。看守に面会を終えることを告げ、私の顔の前で指を鳴らした。
「さっさと帰って。あたしには労働が待ってんのよ」
「ちょっと、まだ……!」
私だけが部屋に取り残されてしまった。仕方なく、私もそこを出る。少し歩けばロビーに着いた。設置された長椅子には轟くんが座っていて、自販機で買ったのだろう缶コーヒーを飲んでいた。銘柄は、やっぱりエンデヴァーがCMに出たものじゃない。頑なだった。
「もう終わったのか」
「話すこととか、全然なかったから……」
面会は全く会話になっていなかった。お互いが話したいことを話すだけだったし、根本的に私が会いに行った明確な理由がないのだから当然かもしれないけど……。長い手続きの割に、何の成果もない面会だった。
もう二度と会うことはない。彼女に親の情がないことは明らかだ。私達は親子だが、それはDNAの問題で、本当の意味で親子ではないのだ。
行きとは打って変わって、最近流行りの音楽が流れる車内。それは全てラジオから流れるものだが、少なからず沈黙が苦にならない原因となっていた。
「轟くんって、お母さんとどんな話するの?」
彼は少し悩んで、最近はあんま会ってねぇけど、と話し始める。
「学生のときはクラスメイトの話をしてた。学校であったこととか……」
「じゃあ、今は?」
「そう、だな……」
彼は悩んだ挙句に押し黙ってしまった。何となく聞いただけだから、無理をして答えなくてもいいんだけど……。
「何を話してんだろうな……分からねぇ。確かに話はしてるのに。大したことねぇ話なんだろうな」
そっか、と返した私の言葉を最後に会話は途切れた。それ以外に返すことがなかったし、刻一刻と過ぎてしまった時間は、元に戻らない。
「話した内容じゃなく、お母さんと話したってことが、轟くんにとって大切なのかもね」
「……あぁ、そうかもな」