地獄への道は善意で舗装されている。

□輝かしい高校生活へ向けて。
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ヒーローっていう職業は、この地球に生まれた人間なら誰しもが憧れるものだと思う。それは男女を問わない。そして年齢も。幼い子はもちろん、大人になった会社勤めの人たちも、憧れは消えていないんじゃないか。


当然、私もヒーローに憧れている。自分でもなれるとは思っていない。
だけど、どうしてもどうしても諦められなくて、結果的にヒーローになれなくても、目指すことくらい、許してもらおうと思った。

__誰に?
……いずれ訪れるであろう、立ち直れない挫折を味わう未来の自分に。


今年受験を控えた私が選んだのは、あそこだ。









「やばい!寝坊した!」


急いで制服を着て、お母さんの用意してくれた朝ごはんを掻き込む。何度か喉が詰まった。寝癖もそのままにお気に入りのマフラーを巻いて家を飛び出した。


どうしてよりにもよって今日、寝過ごしてしまうのだろう。大切な大切な受験当日だっていうのに!!


「足が早くなる個性欲しいなぁ!!」


雄英高校。私はそこを目指す。でも倍率は恐ろしい数だ。頑張っただけで入れる所じゃないと思う。

天才的な才能があって、個性にも恵まれて、そんな人しか受け入れてもらえない。絶対に。


「……いや」


それを覆すだけの努力をしたんじゃないか。ここで折れるわけにはいかないんだから!




「セーーーフ!」


死にそうになりながら走って辿り着いた雄英。何とか時間には間に合った。知り合いは誰も居ない。ホールに居る沢山の人は全員が格上に見えて、そして実際、そうなんだろう。


「肩身狭いなぁ……」


皆どんな個性なんだろう。空飛べちゃう人とか居るのかな。









とぼとぼと、ゆっくり歩いて帰った。筆記も実技もめちゃめちゃだ。これは不合格に違いない。ヒーロー科じゃなくて、大人しく普通科を選ぶんだった。


「ただいま」
「おかえりなさい、ご飯出来てるわよ」


いつも通り温かい食卓につく。大抵は母と私のふたりきり。父が居ないわけではなくて、ただ、生活のサイクルが真逆なだけ。警備員をしている父はほとんどが夜勤で、私が登校する時間帯に帰宅し、昼間はぐっすり夢の中。

今もきっと寝ていると思う。今晩も仕事だと言っていた。昔は父と遊びたくて仕方ないこともあったけど、もうそんな歳じゃない。思い出は一つとしてないのだから、好きにも嫌いにもなれない、と言ったところだろうか。


「そういえば今日、同い年とは思えない子が居てね、男の子だったんだけど、不思議な人でさ、ちょっと面白かった」


メガネをかけた、いかにも優等生と言えるような人。私の近くに居た別の男の子がとても興奮していて、それに対し結構キツイ一言を浴びせていた。ほんとに中学生なのかな。

真面目さが人間として形作ってるみたいに、しゃべり方もキビキビしててツボだった。

だけど、もしお互いに合格したとして、同じクラスだなんてなったら、どうしよう……。いや、どうもこうも話しかけない。



「色んな人が居るのねぇ」
「うん、皆ほんとすごかった!やばい」


ご飯を食べ終わって、私はテレビを見たりしながら過ごしていた。すると、出勤した父が「カップ麺買ってきて欲しい」なんて連絡を寄越してくる。

母は家事で忙しいし、仕方ないから私が行くことになったけど、娘をパシリに使うなんてどういうこと?




「カップ麺ったってなぁ、何でもいいのかなぁ」


午後9時。この時間に来るのは初めてだが、意外にも人が居て驚いた。適当に2つほどカップ麺を手に取り、ついでに甘いお菓子とジュースを買うことにした。


「んっんー、オレンジ!」


リンゴと悩んでオレンジジュースにした。なんとなくその方がいいような気がして。


買い物を済ませ、父の職場へ向かう。ここからそう遠くない。さっさと帰ろう。



「君!こんな時間に何しているんだ!」
「ぅわっ!?」


唐突に目の前に現れた誰か。暗くてよく見えないけれど、メガネには見覚えがあった。まさに今日。雄英で。


「な、何ですか貴方……私は、父のとこに、行くだけです!貴方だって中学生でしょ!今日雄英の受験会場に居たし!」
「む?ということは、君も雄英を?」
「うっ」


口が滑った。


「わ、私急いでるんです!ほっといてください!」
「それは出来ない!夜道を女性が1人で歩くなんて!ぼ……俺の個性はエンジン。君を送り届けよう!」


丁寧でありながらも無遠慮に私を担ぐ彼。抵抗も虚しく彼は凄い速さで走り出した。そして何でもないような声で言うのだ。




「あぁそう、俺は飯田天哉だ。よろしく頼む」




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