地獄への道は善意で舗装されている。

□これを奇跡と呼ばずして何と言うのか。
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数日が経った。
夜遅くに外に出たことはあれ以来なかったが、昼であっても、飯田くんには会えなかった。

好きだとか何だとか、そういう感情はない。だって彼のことは良くしらないもの。

ただ、雄英を受けた知り合いは居ないから、飯田くんと仲良くなれたら。そうしたら、どんな酷いことも大丈夫な気がして。




欠伸をして、ぐーっと体を伸ばした。今日は気持ちのいい朝だ。寒さはあるけれど、日は照って眩しい。こんな日には出掛けるに限る。


「行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」


母の見送りを背に、私はぎゅっと鞄を握りしめて走った。



新しい制服に身を包んで、新しい靴で地面を蹴って、くらくらしちゃうほど大きな校舎へ、憧れの校舎へ、足を踏み入れる。


そう、私は。



「待たせたな雄英高校……!」





__今日から華々しい高校生となる。




合格通知が届いたあの日は、すぐに脳裏に浮かぶ。


ポーカーフェイスの上手な母はその晩赤飯を炊いた。祝い事はないけど食べたいから赤飯を作る、なんてことは多かったから、特に気にしてはいなかったけれど、そっと差し出された封筒に、私は思わず涙してしまったのだ。

そしてそれは父も同じ。お味噌汁を吹き出してむせながら、私よりも大泣きして。きっとあの時、お隣さん達にとってはさぞ迷惑だったと思う。


だけど雄英高校に合格したんだもの。
うるさくしたっていいじゃない。



「飯田くんは居るかな。……っていうか広すぎる」


迷いそうだ……。

ふと、目の前を挙動不審に小走りで行く男の子が居た。きっと一年生だ。


「あの!」
「ひぇっ!?」
「あっ……えーと、1年生、ですか?」
「そ、そそそそうです!!」


くせのある緑がかった黒髪。ぼんっ、と音がつきそうなくらい顔を赤くしていて、私も異性に免疫はない方だが、これは酷い。


「何科ですか……?」
「ヒーロー科ですっ!!」
「い、一緒ですね!あー、迷いそうで怖いので一緒に行きましょ!」


彼は何度も何度も頷く。頭もげちゃうんじゃないかっていうぐらい。


「ところで、お名前は?」
「緑谷出久です!!」
「緑谷くんね!私は水無月咲涼です、よろしくお願いしますー」
「は、はいぃっ!」


……とにかく、私達は歩みを進めた。



「ドアでかっ」
「さすが雄英……!」


やがて辿り着いた1−A、と書かれた教室。ヒーロー科はここらしい。扉をそっと開けると中からは怒号に近い声が。


「机に足をかけるな!雄英の先輩方や製作者方に申し訳ないとは思わないか!」
「思わねーよ、てめぇどこ中だ端役がァ!」

「ツートップ!!」


隣で緑谷くんが硬直する。ツートップとは。
教室の中の喧騒は主に2人。目つきが悪すぎる人と……。


「飯田くんっ!!」
「む、水無月君!君も合格したんだな!」
「良かった……お互いに。改めて、これからよろしくね」
「こちらこそ!」


すっと差し出された手を反射的に握り返す。正直クラスの面々を見る限り話しかけられそうにないので、頼りは飯田くんだけだ。


「飯田くんは流石だね、私は合格してるか不安で不安で仕方なくて、通知来た時なんて泣いちゃって」
「俺も、かなり不安ではあったさ」


少しだけ笑って飯田くんは答えた。


「無事に入学できたし一安心だね」
「しかし水無月君、これは終わりではなく始まりだ。かの雄英はきっとキツイだろう」


もしかしたら入ること自体よりも、入った後の方がツライかもしれない。

そう続けられそうで、私は顔をしかめた。自分で決めたこととは言え、この高校を選んだのは間違いだっただろうか。

ヒーロー科なんていくらでもある。雄英である必要なんてないんじゃないか……。


いや。



「望むところだよ!ほら、プレゼント・マイクも言ってたよね」


今まで頑張ったんだからこれからだって頑張ってやる。色んなものを取り込んで糧としていくのが子供の性質。出来ないことを実現するのが未熟者の使命。そうして、自分の限界を破るのがヒーローの掟だ。



「それは、あれか?」
「そう、Plus ultra!」


「いい心意気だな」



突如聞こえてきた声に、教室は一瞬のざわつきの後、静まり返る。

寝袋に収まる小汚い……と言ったら物凄く失礼だけど、その男性は、おもむろに立ち上がる。


「ハイ、静かになるま8秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠くね」
「えっ、と」
「担任の相澤消太だ、よろしくね」


これまた失礼なことを言うけど、不安しかないのは私だけだろうか。




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