地獄への道は善意で舗装されている。

□断じてデートでは。
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「咲涼ちゃん、ばいばーい!」
「うん、また明日ね、透ちゃん!」


ぶんぶんと手を振りながら去っていく透ちゃん。あんまり話したことなかったけど、すっごく可愛いね、あの子。


「えっ!名前呼びしてるの!?羨ましい!」


過剰反応した麗日さんがぐっと近付いてくる。キスができそうなくらい近い。


「……お茶子ちゃん!」


ぱぁっと花が咲くように笑顔になった麗日さん。これからは名前で呼ぶことにしよう。

満足したらしいお茶子ちゃんは「咲涼ちゃんじゃあねー!」と元気に帰っていった。私のことも名前呼びしてくれるらしい。


「女の子は名前で呼ばれたほうが嬉しいのかな、やっぱり」
「お前も女の子だろ、咲涼ちゃん」
「なんか切島くんが言うと変だね」
「ひっでぇ!」


上鳴くんなら女の子を名前呼びするくらい余裕で出来そうだけど、例えば常闇くんだとか轟くんだとか、そこら辺はちゃん付けなんて絶対しないと思う。

むしろ想像してみてほしい。もしもクールな彼らが急にちゃん付けしてきたら。

……失礼だが、ちょっと気持ち悪くはないだろうか。小さいときはともかく、今はさすがに……。



「鋭児郎くん!」
「……なんかちげぇなぁ」
「でしょ!私はわかんないけど、切島くんは男!って感じだし、ねぇ?」
「褒めてくれてるよな?」
「解釈はお任せします!ばいばい!」
「じゃあな!」


教室を飛び出し玄関へ向かう。最近はクラスの人達のことも分かってきたし、結構話すのも楽しい。

趣味は合わないことも多いけど。でも話が出来るのはとっても良いことだと思う。



「咲涼、ちゃん」
「……え」


靴を履き替えているとき、不意に名前を呼ばれて振り返ったところ、飯田くんが立っていた。

飯田くんが呼んだの?


「今の、飯田くん?」
「……あぁ、どんな反応をするかと、思って」


彼はそう言うと顔を真っ赤にして、慣れないことはするものじゃないな、と笑った。


飯田くんもあんなことするんだ。いかにもカタブツ!って人が悪戯じみたことをするようなイメージはなかった。

飯田くんの意外な一面を知れて、少し嬉しい。だけど。



「……恥ずかしい、ね」
「……僕も、恥ずかしい。……ところで!一緒に帰らないか?近くにクレープ屋が出来たそうなんだ。水無月君、甘いものが好きだろう?」
「好き!行く!」











目的のクレープ屋さんが見つからずうろうろすること約30分。やっとのことで見つけたお店は定休日だった。


「嘘でしょ」
「くそ……そこまでは調べてなかった……!」
「……帰ろうか」


がっくり肩を落とす飯田くんを慰めて駅に向かう。その際見えたお店の看板には「新装開店」だとか、そういうことは書いていなくて。おかしいな、と思ったけど、書くほど新しいとは言えないのかもしれない、と考え直した。


「……うわ!雨だ!」
「なんだって!?大変だ!」


いそいそと傘を取り出す飯田くん。私はというと、折りたたみ傘なんて持ってきていないので、ずぶ濡れることになってしまう。


「傘とか持ってきてないのに」
「水無月君も傘に入るんだ、ほら」


肩を抱くように引き寄せられた身体は自然と飯田くんに密着してしまって、心臓が一気にうるさくなった。

飯田くんは気にしていないみたいだし、こんなにドキドキしてる自分が馬鹿みたいで。


「天哉、くん」
「な、なんだ、急に!?」


名前で呼んだら、さっきの比ではないくらい照れているようで、ビシビシとせわしなく手を動かし始めた。


それが可愛らしくて。入試のときのイメージはこんなんじゃなく、怖い感じだったのに。今みたいに名前で呼んだら「気安く呼ぶな」くらい言われてしまいそうなほど。


「仕返し」
「し、仕返し!?」


何のことか分かっていないらしい。それがまた面白くて、小さく笑いをもらした。


「何でもないよ」



ドキドキは収まらない。これがどんな事かなんて想像するのは簡単だった。

確証は、ないけれど。







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