地獄への道は善意で舗装されている。
□自覚してはいけない!
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そのまま何も話すことなく、分かれ道にやってきた。その時には雨は止んでいて、いわゆる相合傘、というものもしてはいなかった。
「じゃあ、私こっちだから……またね!」
「……あぁ」
少し名残惜しい気もするけど、明日も会える。今別れるのを渋ったって仕方ない。それに、飯田くんと居たら、あまり良くない気が、してしまう。
こんな気持ちは初めて。私だって女の子だ。だから、と言うのも変だけど、恋愛モノの漫画だって読んでいたし、小説だって読む。
私が感じているこのもやもやは、それに出てくるものと似ているようで、違うものに思えた。
私にはこれが何かは理解できないのだ。
「分かりたく、ないのかも」
首を振ってイヤホンをつけた。スマホからながれてくる音楽はいつもよりしみったれているように聴こえて、とてもじゃないけど気分転換にはならなかった。
だからといって他に手段もないし、イヤホンを外すことは無い。
いつも通りかかる公園には小学生がたくさん遊んでいて、たぶん私にもこんな時期があったんだろうなぁ、と懐かしく思った。
泥だらけになって母に怒られたこともあるのだろうか。おもちゃを盗られて泣いたことや、駆け回って笑ったことも。
「……ふふっ」
あまり覚えてないけど、考えていたらとても微笑ましい気分になった。
そのとき子供が指をさして何か言っているのが伺えた。イヤホンのせいで何を言ってるかは分からなかったけど、周りには誰も居ないので私のことだと思う。
笑ってたのがバレた……!
私は足早に公園を離れる。子供っていうのは素直すぎるから、ささいなことも言いふらしてしまう。
雄英のひとが1人で笑ってたんだよ!なんて。
なくはない。
「……まだこんな時間かぁ」
クレープ屋さんに回り道をしたわりに、まだ5時を過ぎたくらいの時間。用もないならさっさと帰ればいいんだけど、今日は少し遠回りをして散歩をしたくなった。
いつも右に曲がる所を真っ直ぐ進んで、小さく歌を口ずさんだ。途中で長い英語が出てきて歌えなくなった。
初めて通るその道は、当然発見が多くて。例えば、一見すると分からない、隠れ家のようなカフェがあったり、塀の隙間から顔を覗かせる可愛い犬が居たり。
テレビなんかじゃよく見るけど、実際身近な所に居るんだなぁ、と思った。
「……回り道しすぎた、かも」
あちらこちらへ曲がるうちに、道が分からなくなってきた。
とりあえず戻ってみよう。素直にスマホのマップを見ればいいんだけど、生憎充電が危うい。
「っ……!?」
振り返ると、そこには知らない男性が立っていた。私や飯田くんよりも背が高く、全身に黒い服を纏っている。
「だ、だれ、ですか……?」
「……」
ポケットから出てきた手に握られているのは、鋭く光るナイフ。何も言わずにその人は、それを大きく振りかぶった。
「いっ……!」
ぐさり、ナイフは私の腕に刺さった。制服があったおかげであまり深くはないように思う。だけど痛いことに違いはなかった。
そっと刃を抜いて、また私に向けられるナイフ。
__『そう言えば、最近この辺りには通り魔が多発しているそうだ』。
飯田くんが言っていたこと。そして私自身、ニュースで知っていたこと。無縁だと、思っていた。
考える間もなく私は走り出していた。どこだっていい、アイツから離れないといけない。安全な場所に。
でも安全な場所ってどこ?どこかの家に逃げ込んだところであの通り魔が消え去るわけじゃない。もしかしたら待ち伏せだってされるかも。
もともと足が早い方じゃない私と、歩幅の大きな通り魔の追いかけっこ。どっちが勝つかなんて目に見えてる。
「やだ、やだ……!」
広がらない距離、太陽光が反射してギラつく刃。通り魔の動作はゆっくりとしていたのに、走るのは早くて。あっという間に追いつかれ、手が伸びてくる。
もうダメだ、と思った瞬間、通りかかった道から何かが飛び出してきた。
「やめろ!」
思い切り蹴り飛ばされた通り魔は呆気なく倒れる。カジュアルなTシャツを着たその人は、腕にエンジンらしきものがついていた。
「水無月君、大丈夫か!?」
「い、いだ、くん?」
駆け寄ってきたのは飯田くん。どうしてここに居るんだろう、それに、目の前の人は……。
「例の通り魔か。女の子を傷つけるなんて、本当に見境がないな」
慣れた手つきで通り魔は縛りあげた男性に少し見覚えがあった。
「大丈夫?立てる?」
「……インゲニウム?」
私の小さな問いが聞こえたようで、彼は小さく笑って、そうだよ、インゲニウムが来たからにはもう安心さ、と返した。
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