地獄への道は善意で舗装されている。

□そんなつもりはなかった。
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次の日から、飯田くんは毎日家に迎えに来た。決まった時間ピッタリに来るものだから、少しでも遅れようものなら「飯田くん遅いわねぇ」なんて母は零す。

そりゃあ飯田くんだって人間だし、ちょっとくらい遅れるよ。



「おはよう、水無月君」
「おはよう!」


最初は少し恥ずかしかったけど、今では飯田くんと2人なのも慣れた。帰りはお茶子ちゃんや緑谷くんと一緒だし、なんら問題はない。

強いていうのなら……。


「飯田ちゃん、咲涼ちゃん、おはよう」
「おはよう梅雨ちゃん!」
「……相変わらず距離が遠いのね、間に入ってもいいかしら」
「あぁ、構わない」


問題は、飯田くんのすぐ隣に立てないこと。これ自体はまぁさほど気にすることではない……と思うのだが、その原因が少し。


男性が怖いのだ。特に背の大きな人が。私と同じくらいなら普通に話せるし、近くにもいける。

もちろんキッカケは先日の通り魔の件。偶然にも飯田くんは背格好がそっくりで、私は失礼にも飯田くんから離れなければいけない状況だ。


自覚した以上隠すのも失礼だからとそれを伝えたとき、飯田くんは優しいから怒鳴ったりはしなかった。ただ、『悪いのは君じゃないんだ』と言ってくれただけ。心の内ではきっと怒っているんだろうな。


こうやって私達が離れているのはクラスメイトも知っていて、当然通り魔の件だって周知で……。

だからこそみんな優しくしてくれるのだけれど、あまり迷惑もかけたくない。



「飯田くんに申し訳ないから、治したいんだけど……」
「トラウマというのはそう簡単に治るものじゃない。僕には気を使わないでくれ」



返す言葉を見つけられず黙ってしまったとき、梅雨ちゃんが「そういえばね」と沈黙を破る。内容は当たり障りのない家族の話だったり、勉強の話だったり。

梅雨ちゃんにはマイペースなところがあるが、これはきっと気まずい空気をどうにかしようとしてくれたんだろう。本当に何も気にしてないかもしれないけど。


「お前ら、仲良く登校か」
「あ、常闇くん!おはよう!」


自転車通学の常闇くん。ふわりと風に揺れるネクタイがなんだかカッコイイ。


「あら、常闇ちゃん、今日は寝癖がついてるのね」
「なんだと……!?」
「ほんとだ」


後頭部にぴょこんとはねた……毛、と言っていいのだろうか。特段目立つというほどでもないが、分かりやすい程度には寝癖がついている。彼は不思議な言動が多くクールな人だと思っていたから何だかギャップが可愛らしい。


「くっ、こうしてはいられん、早く直さなくては!」


常闇くんは血相を変えて速度をあげた。学校で頑張って直すつもりなんだろうな……常闇くんならダークシャドウに見てもらえば簡単に直りそうだ。

私達は間に合えばそれでいいので、ゆっくり行くとしよう。


「ケロ……私、ちょっとコンビニに寄るわ。欲しいお菓子があるの。2人は先に行ってていいわよ」
「はーい」


またあとでね、と手を振って梅雨ちゃんとは別れた。彼女が居なくなったから妙な距離が埋まるかと言われると、もちろんそうではない。


「む、水無月君!このままでは少々遅れてしまいそうだぞ!急ごう!」


ごく自然な動作で手を差し出されたが、その手をとることは出来なかった。男女で手を繋ぐなんて恥ずかしい、というのもあるが、近付くことすら出来ない私には無理だ。


「……すまない、そうだったな」
「ごめっ……そんなんじゃなくて!」
「いいんだ、それより多少は走れるか?」


飯田くんはやっぱり何でもないような顔で受け流した。だから私も普通に、ただ普通に頷いて返す。

悪いのは私なんだ。分かってるけど。


あの通り魔のせいでこうなっているとは言え、結局割り切れていないのは私なんだ。




「さぁ、いこう!」



エンジンを持つ彼があまりスピードを出さないのは、私を気遣ってくれているから、だったりするのかな……。だとすれば申し訳なさでいっぱいだ。飯田くんが優しくしてくれても、こちらから何かをしてあげられない。


そんなの不公平だ。




「ねぇ飯田くん」



なんとか学校についてから、少し乱れる息をどうにかしつつ前を行く彼に呼びかける。

立ち止まって振り返った飯田くん。なんだ?と聞かれたが、なかなか言い出せない。


「あ、明日から、迎えに来てくれなくて、いいから!」
「何故だ?」
「だって、飯田くんに迷惑かけてばかりだし、申し訳なくて……それに私、その、もう大丈夫だよ!だから、ね!」
「だが!」


私に一歩近づき大声を出す。それに驚いてしまった。遠のいてしまった。彼を拒否したのだ。
飯田くんは悲しそうな、複雑な表情で戻っていく。



「そうか……。男の俺は、やはり、近付かない方がいいな、当然だ」
「違うの、そうじゃ……!」


分かってるさ、と返した彼は眉を下げて教室に向かう。止めることは、出来なかった。





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