地獄への道は善意で舗装されている。

□酷く不快で失礼な朝に。
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「最近飯田くん来ないわね」
「あー……飯田くんにも都合があるんだよ」



まぁ、そうよねぇ、と残念そうに呟く母。本当のことは言えない。言うつもりもない。


「そろそろ行くね」
「飯田くんが居なくても大丈夫なの?」
「大丈夫だって!毎日言わないでよね!」


母のお小言から逃げるように家を出る。長いんだもん、お母さんは。



学校近くのコンビニに寄った。特に何を買う予定ではなかったけど、時間もあったしお菓子を買うのもいいかな、と思ったから。


「おはよう!咲涼ちゃん!」
「お茶子ちゃん!おはよう、買い物?」
「うん!期間限定のジュース!」
「へぇ、美味しそう!」


咲涼ちゃんは何買うの?と聞かれ、とりあえず飴の袋を手に取る。果物アソートの比較的安価な飴。みんなで食べようかなぁ。


「美味しいよね!それ!」
「あとであげるね」
「やったー!モモがいいです!」
「了解です!」


会計を済ませ、私たちはのんびり歩いた。飴を食べながら。途中会ったクラスメイトにもおすそ分けした。


「あ!飯田くんだ!おーい!」
「麗日くんと、水無月くんか。おはよう」
「お、おはよう」


何してるんだ、と思った。お茶子ちゃんにとって飯田くんは良き友人には違いないし、私の事情なんて知ったこっちゃないだろう。しかもあの朝のことを話してもいない。

それでも何でわざわざ呼ぶんだと、そんなことしたら彼と私達は学校まで一緒に歩かなければならなくじゃないかと、考えてしまった。


あの日から一言だって言葉を交わしていなかった。おはようも、さよならも、ごめんなさいも、ありがとうも、顔を突き合わせたり目線が合ったり、それどころかすれ違うことだってなかったはずだ。

だって避けてたから。飯田くんは「それ見たことか、自分の言ったことは正しいじゃないか」と思っていることだろう。でもそうせざるを得ないではないか。「男の俺は近付かない方がいいな」なんて大切な友人に言わせておいて、図々しく話しかけられるほど、私のツラの皮は厚くない。


「ね、咲涼ちゃん、飯田くんにも飴あげたら?」
「そ、そうだね、お茶子ちゃん、渡してあげて」


自然にお茶子ちゃんの隣で歩き始めた飯田くん。とてもそちらを見ることは出来なくて、会話も全てお茶子ちゃんに任せた。


「よぉー仲良し3人組!」
「うわっ、ビックリした……」


突然肩に手を置かれ、何かと思えば、チャラチャラウェイウェイ系男子、上鳴くんだった。


「驚かせないでよ、ほんと」
「ごめんなー!お?飴ちゃん?俺にもちょうだい!イチゴ味な!」
「しょうがないなぁ」


1個だけだよ、と飴を手渡しする。イチゴ味って可愛いチョイスするなぁ、と思ったのも一瞬。飯田くんがいた事を思い出して、立ち止まった。

男の人が怖いと言っても、体形が似ていなければ平気だと、飯田くんにも言った。上鳴くんは私より背が大きいけど、割と細めで、あの日の通り魔とは全然違う。

だから、大丈夫なんだけど、それでも今、こうして話していたら、それは、とても、飯田くんに……。


「どうした?水無月」
「咲涼ちゃん?な、泣いてるの!?」
「ちがっ……私、あの、ごめんなさい、わざとじゃ……違うの、ほんとに、その……ごめん、なさい……!」


鞄を投げ出して突っ走った。向かう先は、サボることも出来ないから、結局は雄英高校なのだけれど、保健室に行って休むなんてこと、無理かな。

鞄放り出してきちゃって、優しいから持ってきてくれるかもしれないけど、授業に戻るっていうのも気まずいな。


「水無月!」
「そんなに走ってどうしたんですの?」
「耳郎、ちゃん、八百万さん……」
「目が真っ赤だよ!?ほら、ハンカチ!」


目擦っちゃだめ!と、耳郎ちゃんに涙を拭かれる。八百万さんは個性でつばの大きな麦わら帽子を作ってくれた。制服に合うとは言えないけど、私は麦わら帽子が好きだし、「顔をまじまじと見られては落ち着かないでしょう」という八百万さんの気遣いも嬉しかった。



「何があったのさ、鞄もないし」
「大したことじゃ、ないんだけど……」


先程のことを話した。もちろん飯田くんとのことも。2人は静かに頷きながら聞いてくれて、言葉に詰まったときはそっと背中を撫でてくれた。話を終えたとき、涙は止まっていた。







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