地獄への道は善意で舗装されている。
□踏み出す一歩。
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最近は、ほとんど教室で透ちゃんとお弁当を食べていた。時々八百万さんが来たり、梅雨ちゃんが来たりする。八百万さんのお弁当は豪華で、ちょっとだけ量が多い。それは八百万さんがいっぱい食べるわけではなく、みんなで分けられるように沢山持ってきてくれているとのことで、お言葉に甘えて頂いてしまう。美味しくてついつい手が伸びるのだが、おかげで太ったような気がした。
今日もお弁当を持ってきている。中身は焼き鮭や卵焼きなどよくあるお弁当のおかず。きっと透ちゃんも持ってきているはずだ。
けれど、今日はお茶子ちゃん達と、食堂で食べてみようかと思っていた。もっと言えば飯田くんと、だ。彼といきなり話すのは難しいけど、ご飯を食べながらなら、お茶子ちゃんと話す流れで一言くらい会話ができるかもしれない。
でも透ちゃんだってお弁当を持ってきているはずだし、私もお弁当だし、食堂で食べるにしてもこのお弁当はどうしたらいいのか、という話になる。
帰る頃には痛みそうだ。食堂で食べちゃダメかな。ダメだよね、たぶん。
「咲涼ちゃん!どうしよう!お弁当忘れちゃった……!」
授業終わりのチャイムと同時に、透ちゃんが涙声でやってきた。近くには八百万さんが居た。
「今日は私もお弁当ですから、半分ほど差し上げますわ」
「……私、食堂で食べるね。だから透ちゃんに私のお弁当あげる!」
「えっ!いいの?でもなんで今日は食堂?」
「……Plus ultra!って感じ、かな?」
なにそれ!と騒ぐ透ちゃんにお弁当を押し付け、食堂に急いだ。お茶子ちゃんはどこだろう?この大人数のなか見つけるのは苦労する。もしかしたら見つからないかもしれない。
「咲涼ちゃん、どうしたの」
「梅雨ちゃん!あのね、お茶子ちゃんを探してるんだけど見当たらなくて」
「そう……。私も一緒に探すから、とりあえずご飯を頼みましょうか」
久しぶりの食堂で何にしようか悩んでしまったけど、お弁当では食べられない温かいものが良くて、ドリアにした。グラタンは家でも食べるけど、ドリアはあんまり作ってもらうことがないから。
お茶子ちゃん達は案外近くに居た。話しかけようか迷って、そうしたら梅雨ちゃんが行ってしまったから、ついて行くしかない。
「一緒に食べてもいいかしら?」
「あ!梅雨ちゃんに咲涼ちゃん!いいよ!ね、デクくん、飯田くん!」
「うん、もちろんだよ!」
「あぁ」
1人で座っていたお茶子ちゃんの隣に座った。私の反対隣には梅雨ちゃんが座って、運がいいのか悪いのか、私の真正面は飯田くんだ。緑谷くんはお茶子ちゃんの向かい。
少しだけ様子を見ると、飯田くんは黙々とビーフシチューを食していて、私のことは見向きもしないみたいだ。緑谷くんと話したりはしているけど、私が少しでも会話に混ざっていたら、あからさまなくらい話さない。
「咲涼ちゃんのドリア、美味しそうね。私も今度食べてみようかしら」
「私も気になってた!でも他にも好きなのが多くて、いつも違うの頼んじゃう」
「分けてあげるよ、ちょっと多めだから!」
普段なら全部食べられただろうけど、今は緊張であまり食べられないから、少しずつ2人のお皿に乗せてあげた。お茶子ちゃんはお餅を噛み締めながらありがとう!と言い、きな粉を飛ばしてきやがったので、心から怒っておいた。
「い、飯田くんのビーフシチューも美味しそうだよね!」
意を決して話しかけてみる。飯田くんは少し動きを止め、何でもないような顔をして食事を続けた。 返事はない。そりゃあそうだ。
「……食べてみるかい?」
「えっ」
そうきたか。私はてっきり、返事がきても「これは俺の好物なんだ」とか、「ここのビーフシチューは美味しい」とか、当たり障りのないものだと思っていた。
私が飯田くんから離れたりして、彼も距離感が分からないのだろうか。予想の斜め上、なんてもんじゃない。
「えっと、スプーンつけちゃっても大丈夫、かな……?」
「構わない」
戸惑いもあったけど、失礼してひと口頂く。よく煮込まれたホロホロのお肉と、濃いけれどしつこくないシチューが絶妙にマッチしていて、とても美味しい。
「美味しい……美味しいよ!ねぇ、美味しい!」
「テンション上がったね、咲涼ちゃん」
「つい……」
恥ずかしい。
私だけが貰うのもダメだろうから、飯田くんもひと口どうぞ、とお皿を差し出した。彼は持っていたスプーンでドリアをすくい、軽く冷まして口に運ぶ。
「美味いな」
少しだけ微笑んでくれた。それが愛想笑いなのか私には判別出来ないけれど、とにかく笑いかけてくれたことに意味がある。自分でまいた種だもの。自分でどうにかしなきゃ。
でも、やっぱりテーブル越しくらいじゃないと恐怖が勝ってしまうな、と改めて思った。