地獄への道は善意で舗装されている。

□遠い距離をひとっ走りで。
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あの日から、1人で帰ることも少なくなかった。母は本当に心配して、学校まで迎えに行こうか、なんて言うけれど、ヒーローを目指すのだ。そんなことしてもらえない。

過度の甘えは、むしろ身を滅ぼす。例えば母が襲われるかもしれない。大人と言えど女性なのだから、男性の力には勝てないだろう。それから、私の個性は母譲りだ。物を治すだけの2人が居たって何も出来やしない。


「明日の目標は、世間話をすることにしようかな」


手当たり次第近付けばいいってものでもない。私だって飯田くんとどう接するべきか分からないのだ。何より飯田くんがどう思っているかを聞かなければいけない。

最優先事項は飯田くんの気持ちを聞くことで、そうしなければ私の行動も決まらない。世間話なんかする余裕はなかった。


「……ズバッと聞く勇気もないなぁ」


誰かが居るところでは話しづらいし、かといって誰も居なかったらそれはそれで気まずい。

本当は代わりに誰かが聞いてきてくれたら嬉しい。飯田くんと仲がいい人なら、本音を話してくれるだろう。卑屈なようだが、私相手なら嘘をついてしまう気がするのだ。っていうか絶対。こんな私が、まともに会話できるのかも不安要素のひとつである。


「インゲニウムに相談したい、かも」


彼は飯田くんのお兄さんだ。何か聞いててもおかしくない。


「いやぁ〜だけどなぁ……」


飯田くんも思春期なわけだし、何でもかんでも話したりしないよね。だけどやっぱり、インゲニウムに聞いたらいいと思う。


「……さっきから、何をやってるんだ?」
「ひぃっ!?飯田くん……!」
「先程から気になってしまってな」


出入り口で独り言を言っていては、そりゃあ気にもなる。それにしたって話しかけてくれるなんて。今日のお昼のことは、そんなにも効果的だったろうか。


「問題ないなら構わないんだ。俺は帰るよ」
「え、あ……」


私は何も答えてないのに、飯田くんは勝手に歩みを進めた。


「待って!」


聞こえていないかのように、無視をしている。


「あの、飯田くん、まって、ねぇ、ま、待ってってば……!」


思わず掴んだのは、肩にかけられた鞄だった。腕や服を掴むまでの勇気はない。けれど、鞄はかろうじて触れる、ようだ。


「君、触って……!」
「何で通り魔から助けてくれたの!?私達はあの時分かれてたし、飯田くんのお兄さんだって何でタイミングよく居たの!?」
「それ、は」


飯田くんの目が泳ぐ。私の方も咄嗟に出たことだけど、そんなに動揺して、やましいことがあるわけじゃないだろうに。真面目な飯田くんが挙動不審になるのだから、むしろある、のか。

歩きながら話そう、という飯田くんに頷き、ついて行く。


「……俺は、兄さんが近くに居ると言うから、回り道をして合流したんだ。その日の兄さんは非番で、だから少し出掛けていたそうだ。君を助けられたのは偶然だ。声がして行ってみたら、君が襲われていた。俺も助けようとはしたが、やはり兄さんは、さすがプロだ。スピードでは勝てなかった。……君のことを思っているのは、僕の方なのに」


胸が高鳴った。そうならないわけがない。勘違いしてしまったって、これは仕方ないと思いたい。私だって年頃の女の子だ。邪な考えでも許して欲しい。

飯田くんは夕日に照らされて、切なげな顔に見えた。私はどう返したらいいか分からなくて、でも何か言わないといけない、と思って。


「私も、その日、いっぱい回り道したんだ……そうしたら、こんなことには、ならなかったかもしれない。

……あのね!飯田くん。あの、えっと、私、あの……ごめんなさい。飯田くんは何も悪くないの。むしろ感謝してる。だって飯田くん達は恩人だから。

あー、その、ありがとう。送り迎えしてくれたことも。迷惑かけちゃって、ごめんね」


言いたいことは沢山あるのに、上手くは言えなかった。もっとあるんだ、言いたいこと、言うべきことは。ごめんねもありがとうも言いたいこと。だけど違うんだ。もっともっと大切なことが。


「迷惑じゃない!」


ピタリと歩みを止めた。私の肩を掴んで、力強く言う。どちらかと言えば叫びに近かった。大きく反応してしまった私を見て、手を離さず、目線を合わせるように屈む。


「僕は自分の意思で、君を守ろうと思っている。君が嫌がることはしないつもりだ。だがもし水無月君が良いと言うなら、近くに居させてくれないか」
「わ、私も、前みたいに話したい……飯田くんと一緒に居たい!」


そう言うと、飯田くんは柔らかい笑顔を見せた。思っていたよりも早く、飯田くんと仲直りが出来た。これはとてもいいことだけど、私の力じゃない。

飯田くんがエンジンで、遠くから走ってきてくれた。ほとんど彼のおかげだ。



よし、じゃあ、と立ち上がった際に離れていく手が、少し名残惜しくて、そんな自分を恥ずかしく思った。

これじゃあまるで、本当に……。


「帰ろう。送るよ」
「……うん」




飯田くんのことが、好きみたいじゃないか。





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