地獄への道は善意で舗装されている。

□出来ないから困ってるんです。
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「やだ、咲涼、あなた熱があるわ」


次の日の朝、そんな母の言葉に、私は泣きたくなった。今日からまた飯田くんと登校することになって、出来なかった話をいっぱいしようと思っていたのに……。

それなのに!


「休んだ方がいいわ」
「やだ!行く!」


母を押し退け制服を着る。朝ごはんもちゃんと食べた。少しだけ。あれ?熱の割に大したことなさそう?大丈夫大丈夫!マスクもしてく!


「あっ、飯田くんだ!じゃあ私行ってくるね!」


インターホンが鳴る前に家を出た。飯田くんは驚いた様子だったけど、おはようと私が言えば、きちんと返してくれた。


「君、そのマスクはどうしたんだ」
「うーん、ちょっと風邪気味っていうかぁ?大丈夫だよー!」
「大丈夫そうに見えないが……酔っ払いのようだぞ」


あれこれ言ってくる様は母親のようで、あんまりうるさいから「大丈夫だって!早く行こうよ!」と大声を出して走り出す。数歩進んで、また足を踏み出そうとしたとき、視界が歪んでぐらついた。やばい、と思う間もなかった。


「水無月君!」
「……ありがとう……あー、飯田くん?」
「俺以外誰が居るんだ!」
「あのー、なんか……」
「何なんだ君……熱があるじゃないか!どうして出てきたんだ!」


抱き留めて貰ったのは有難いけれど、飯田くんは声が大きくて頭に響くなぁ。ちょっと静かにしてくれないかな?


「学校行きたかったから……飯田くんと話したかったの……」
「話なんて、いつでも出来るだろ……!」
「いーから、学校行こうって」


立ち上がってみせれば、飯田くんは眉をひそめながらも頷いて、私の手を取った。離れようとしても力が強い。不思議と嫌な感じはしなかった。ちょっと怖いのは、まだあるんだけど。

でも私は単純だからまた飯田くんと話すことができて嬉しいのだ。怖いとか何だとか、そんなことはどうだっていいくらいに。


「……水無月君、どうして昨日の朝、泣いていたんだ?」
「……え」


そんなことを、今聞かれるとは思ってなかった。なぁなぁになるだろうと、少し思っていたかもしれない。


「えーと、あのー、上鳴くんとは話せるけど、飯田くんとは全然話せなくて、すごい、申し訳なくて、それでなんか……」
「そうか、良かった。上鳴君に何か言われたのかと思ったんだ」
「違うよー!」


もうすぐ学校だ、という頃、いよいよ足取りもおぼつかなくなってきた。一歩一歩が重く、進まない。


「飯田くん」
「なんだ?」
「……飯田くん」
「……なんだ?」
「飯田くん……」
「だからどうした……水無月君ッ!?」


膝から崩れ落ちて、コンクリートで足を擦った。ちょっと痛い。飯田くんが支えてくれるけど、どうしても座り込んでしまった私は、立ち上がることができない。頭の中がぐるぐると回るような錯覚に襲われる。


「水無月君、個性を使うな、やめるんだ!」
「……私、何も……」
「……失礼するぞ!」


思い切り抱き上げられた。飯田くんが走って、私はその揺れで気持ちが悪くなってくる。ぼやけた頭で、飯田くんの腕はたくましいなぁ、とぼんやり考えた。






目を覚ますと見たことの無い部屋だった。周りはカーテンで仕切られていて、病院みたいだった。保健室、かな……。


「あの、誰か居ますか……」
「起きたかい?」


小さくて可愛いおばあちゃんがカーテンの隙間から顔を覗かせた。リカバリーガールだ。


「私、なんでここに」
「ガタイのいい男の子が、凄い形相で運んできたんだ。あんた、酷い熱だったよ。もうだいぶ楽にはなったと思うけどね」


確かに朝のようなツラさはない。飯田くんには悪いことをした。無理をしないで家で寝てれば良かった。


「ありがとうございました。教室に行きます」
「ちょっと待ちな。これ、あげるよ」
「写真ですか?」


ぐにゃりとへこみがついたコンクリート。もともとただの道路だったんだろうけど、波のようにへこみは沢山あって、ガードレールまで歪んでいた。


「これは……?」
「朝、熱で座り込んだあんたがやったことだよ。個性が暴走しちまったのかね。練習すれば出来るようになるかもしれない。話はそれだけさ、お行き」


バタンと閉められた扉。ため息をついて私は鞄を持って歩き出した。

この写真のようなことは、以前にもあった。何年も前だけど、インフルエンザにかかったとき、こうやってベッドを変形させてしまった。病院に行ったら、私の個性は「壊れたりしたものを直す」のが基本らしいが、応用的に変形も出来なくはない、そうだ。

物を直すというのは、例えば曲がった金属を真っ直ぐに戻したりすることも出来る。何も破壊されたものだけではない。だから変形も可能なんだろうけど……。


「練習はしてるんですけどね……」







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