地獄への道は善意で舗装されている。
□ワクワクの職場体験。
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「飯田くん、事務所決めた?」
「ノーマルヒーロー、マニュアル事務所にした」
「そっかぁ」
電車に揺られながらそんな話をする。
放課後は、みんな職場体験の話題でもちきりだった。誰のとこに行きたいとかどうとか。私はやっぱり、非戦闘がメインのところに行きたい。でも戦闘の技術も教えてもらいたい気もするし……。
「……以前兄さんが、君のことを心配していた」
「ちゃんと大丈夫だって言ってくれた?」
「あぁ。そうしたら、笑っていたよ。良かったと。君に何事もなくて、君の未来が脅かされなくて、良かったと」
「……それ、いつ話したの?」
「以前だと言っただろう」
電車を降りて少し歩くと、私の家が近付いてきた。こういうとき家が近いのを恨んでしまう。普段は楽で仕方ないのに。
「どうしてすぐに言ってくれなかったの、何で今」
「タイミングがなかった。以前というのは、君と話していなかったときだったんだ」
本当は昨日にでも言われたんじゃないの。そう聞きたかった。だっておかしいもの。和解した日から何日も経ってる。今この瞬間じゃなくても、いつだって言えたはずだ。私たちは2人で登校してたんだから。いや、誰かが居たってできる話だ。
「飯田くん、何かあったら、ちゃんと言ってね」
お兄さんのことも何もかも黙っていたっていい。だけど飯田くんの気持ちくらい吐露してもいいじゃないか。どれほどつらいか私には計り知れない。想像のしようもない。だからこそ私は話してほしくて……。
「またね」
「あぁ、また明日」
飯田くんもこんな気持ちだったかもしれない。迷惑をかけかけまいと避けるのではなく、分かち合うために頼ってほしい。こちらからはどうすることもできなくて、結局は本人次第な現状に苛立ちを覚え、同時に悲しくもなる。
待つしかない。飯田くんが決めることだもん。
「ただいま」
「おかえり。インゲニウムのこと、ニュースでやってるわ」
インゲニウムの詳しい容態は不明だが、かなりの重症であることは間違いなく、犯人は最近巷を騒がせている"ヒーロー殺し"ステインの可能性が高い。ヒーロー殺しは今まで何人ものヒーローを重症に陥れるか殺害し、ほとんどの場合、事実上の引退に追い込んでいる。それどころか一般的な生活すらままならない状態のヒーローもいた。より一層、早急な対応が求められるだろう。
それがニュースの内容だった。ステインは狡猾な男で、ヒーローも警察もなかなか捕まえられない。だからこうやってたくさんの被害者がいるのだが、ステインはどうしてこんなにもヒーローを襲うのだろう。一般人を狙わないのは何故なのか。
「怖いわね、咲涼も気をつけてね」
「うん……」
職場体験当日。駅に集まった私たちは、誰もが浮き足立っていた。先生の注意もそこそこに、それぞれが電車に乗る。
私は、誘拐・拉致事件などの解決や、人質救出にとても貢献している、言霊ヒーロー、シーソウル事務所へ行く。
彼の個性は言霊。催眠術のようなものだ。例えば「お前のお母さんが悲しむぞ」と呼びかけたら、相手は本当に母親が悲しむところを想像したりする。また、「走ると転ぶぞ」と言えば、本当に転んでしまったり。もちろん個性発動さえしなければ問題ない。
その個性を使ったミニスクールも時折開いている。運動が苦手な子供など、言葉で説明しただけでは何をどうしたらいいか分からない。そこで、言霊で説明して、子供の体を操り、その身で覚えさせようというものだ。
かなり荒療治だが、それでも子供が成長すると人気だ。
「失礼します……」
「あ、雄英高校の?」
「そ、そうです!」
「ちょっとまってて、連れてくるわ」
事務所に入ってすぐ、たまたま出会った人が、シーソウルを連れてきてくれた。彼は普段つけているフルフェイスのマスクを被っておらず、素顔は初めて見たな、と感動した。
「初めまして。言霊ヒーロー、シーソウルです」
「雄英高校の水無月咲涼です、1週間よろしくお願いします!」
シーソウルのシーは海という意味だが、今まで「彼は海で活躍するわけじゃないのに、どうしてシーなんだ?」と思っていた。しかし、素顔を見てわかった。
シーソウルは、輪郭などは人間のままで、皮膚を覆うくらい鱗がついていた。歯はギザギザと尖っており、何か海の生き物である個性の血が入っているようだ。
「父親が魚系の個性でね、見た目がちょっと遺伝したんだ。個性はなにもないんだけど」
「じゃあ、言霊は、お母様からの遺伝ですか?」
「そう。昔は大したことない個性だと思ってたけど、今は有難い個性さ」
さて、早速今日からお仕事してもらわなきゃね。まずは着替えてきてもらおうかな。と、シーソウルのサイドキックに案内され、更衣室に通された。手直しを加えてもらったコスチュームは幾分か魔法使いじみている。スカートもちょっと長くなっている。
「前よりは控えめだ、良かった」