地獄への道は善意で舗装されている。

□暗がりを進む獣のように。
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「水無月、君……!」
「美談……のようだが」



視界からステインが消えた。くそ、全然見えなかった。


「そいつに斬られてはいけない!」


隣のビルから私たちの上に屋根のような板を生やした。申し訳程度でも盾になる。

頭上に居たステインはそれを思い切り崩して突破してきた。そりゃあそうだ。破片が散らばる。それを個性で直すと、ステインは中途半端な姿勢で片足と片腕を固定されたが、それもすぐに破壊された。こんな浅はかなものじゃ時間稼ぎもできない!


「いっ……ぁ……!」
「水無月君ッ!」



刃こぼれが激しいその刀が、横から滑るように左腕に食いこんだ。一瞬の冷たさの後、強烈な痛みと熱が広がる。涙が滲んだ。こんな痛いの、経験したことない。

ステインは長い舌で刀についた血を舐めた。その動作はとても気持ちが悪く、思わず離れようとしたものの、体が動かない。恐怖で硬直しているんじゃなく、本当に、ピクリとも動かないのだ。そういう個性なのか。


「まずはお前からだ」


刀が振りかざされる。街の明かりでギラついたそれは、何よりも怖い。

私は飯田くんを助けにきたのに、こんなんじゃ……!




「助けにきたよ、2人とも!」


ふわりと抱えられ、私はステインから離れていた。そして突然明るくなったかと思えば、轟々と燃える炎が辺りに広がっていた。


「女相手にそんな武器、卑怯だと思わねぇか」
「緑谷くんに、轟くん……!?なんで、なんで2人がっ」
「俺としては水無月がいる方が驚きだけどな」


「ずいぶん邪魔が入るな」と呟いたステインは、少し苛立ちを覚えたように刀を持ち直した。轟くんは氷で攻撃をし、ステインが上に飛び上がった所へ、緑谷くんが飛び出していく。あんなに動けたのか。何よりあの動作はまるで爆豪くんみたいな軽やかさがある。


「やめてくれ、なんでみんな来てしまったんだ……!」
「オールマイトが言ってた!余計なお世話は!ヒーローの本質なんだって!」


ビルの壁を蹴った勢いで、緑谷くんからの右ストレートがヒットした。空中の無防備な体勢だったステインはそのまま地面に落ちる。けれどすぐ立て直した。

そして短剣を轟くんへ投げる。それはとても早く、避けることはできなかった。轟くんは顔をしかめたが、なによりもまずステインとの距離をとった。

しかし轟くんよりもステインの速度が早かった。何かが決定的に変わっている緑谷くんでさえ間に合わなかったほど。


短剣に手が届く、というところでステインはビルの壁から生えた大きな棘で体勢を崩し、そこで緑谷くんがステインを引っ掴んだ。ステインは緑谷くんを切りつけ、拘束を解く。


「体が動かなくたって、個性は使える!」
「わりぃ、水無月。助かった」


轟くんの隣へ舞い戻った緑谷くんは、切られた足を押さえて息をつく。


「守るぞ、2人で」



轟くんの背中はやけに頼もしく、以前の怖さは何も感じなかった。飯田くんはそんな2人に「やめてくれ」と繰り返す。動かないのを承知で飯田くんに手を伸ばそうとしたら、思わず驚いた。微妙に違和感が残っていたが、体の自由が戻っていたのだ。


「だめだ、僕は、兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ……!」
「飯田くんはインゲニウムじゃない」



轟くんの氷も炎も越えて、2人の前まで来たステイン。まずい、と思ったときには体が動いて、地面に両手をついた。手の間のコンクリートがぐるぐると渦を巻いて、一瞬で竜巻のように大きくなったかと思えば、氷や水を含み、それどころかステインさえも巻き込んでぐちゃぐちゃになっていく。竜巻を起こした場所はコンクリートがなくなり陥没したかのように大きな穴を開けていた。



「飯田くんはまだ飯田くんのままだよ」



竜巻が長続きせず、すぐに破裂して辺りを汚してしまったが、それでもダメージを与えられていたみたいだ。氷が効いたかもしれない。こんなこと出来るなんて、自分でもびっくりだ。

それから、「あと、2人じゃなくて3人ね」と付け足した。




「っ……僕のせいで……やめてくれ……」
やめてほしけりゃ立て!


ステインの攻撃をかわしながら轟くんが叫んだ。


「インゲニウムを継いだって!?俺はお前の事情は知らねぇが、水無月の言うことは正しい!ゴチャゴチャ言ってないでなりてぇもんちゃんと見ろッ!


轟くんの炎を避けたステインがこちらに来た。明らかな殺意を向けられてる。邪魔で弱い奴から片していこうとしているのか。逃げようとしてバランスを崩し後ろに体重が乗る。立て直せない!



「レシプロ……バースト!」


私は力強く持ち上げられた。そしてそのまま彼の足が勢いよくステインの刀をへし折る。


「飯田くんっ!」
「水無月君……すまない、こんな怪我をさせて……」


飯田くんはもう倒れていなかった。しっかりと地を踏み、ステインを睨みつけている。その目は憎しみだけでなく、悲しみも残っていて、彼の複雑であろう心境が読み取れた。


「俺はせいでこんなことになってしまった。もう、大切な友人達に血を流させるわけにはいかない」






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