地獄への道は善意で舗装されている。

□忘れてください。
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「咲涼!?話はまだ終わってないわよ!?」
「ひぃっ!い、いってきますッ!」


次の日の朝。飯田くんはまだ来ていなかったが、急いで家を飛び出した。髪はボサボサ、ブレザーもカバンも引っ掴んで、とにかく家から離れなきゃいけなかった。


昨日は結局、母に怪我の旨を言うことができなかった。やっぱり連絡しておくべきだったな、と後悔もしたが、言わなくていいや、と投げやりな考えをもっていたのだ。

今日の朝、着替えを終えてから怪我の具合を見ていたとき。母が突然部屋に入ってきたせいであっけなく怪我の件がバレた。そこからはもう……。

想像以上に怒っていて、当然お説教が始まってしまったのだが、大変長くなりそうだったので逃げてきたわけだ。ほ、ほら、学校に遅れたら大変だし!



「今日帰れないかも……」


誰か泊めてくれないかな、無理か。


駅で飯田くんを待った。連絡をして数分で彼はやってきて、なぜ家で待っていなかったんだ?と聞かれる。こういう事情があって……と説明すれば、真面目な彼は「それは君が悪いだろう!両親にはきちんと伝えなければ!」と、手をキビキビ動かしながら言う。


「……飯田くんはちゃんと言った?」
「……」
「おーい?飯田くーん?聞いてますかー?」


これは伝えてないな。自分も人のこと言えないじゃないか。飯田くんは嘘をつくのも下手だし、仮に言っていたとしても「敵と交戦して怪我をしてしまった」というさらっとした事情しか言ってなさそうだ。


「まさか?後ろめたいから伝えてないなんて?言いませんよね?自分のことを棚に上げて?」
「そ、それは」


しばらく目線を泳がせたあと、ぐっと握り拳をつくり、「分かっている」と呟いた。


「俺は最低な人間だ……!だからヒーローに相応しくない……!」
「そこまでは言ってない!もう、嘘だって、ごめんね!」


降りる駅だからと手を引いて、落ち込む飯田くんを連れていった。深読みしすぎなんだよ。そんなところも飯田くんのいいところなんだけど。


「飯田くんは立派なヒーローになれるよ。ステインと戦ったときだって、飯田くんは私のこと、守ってくれたでしょ」
「水無月君も、俺を守ってくれた。キミだってヒーローになれる。絶対に」


ヒーローっていうのは結構アバウトで、とても抽象的なものだけど、だからこそ象徴となるのかもしれないし、みんな憧れる。私たちはヒーローに手が届きかけていて、ヒーローがヒーロー足り得る様を描けるのは遠い未来かもしれないし近い将来かもしれない。


「俺は後悔しているんだ。ヒーローは誰かを守ることが役目のはずなのに、自分の大切な人すら傷つけさせてしまって……激しく叱咤されたっておかしいことじゃない」


飯田くんは眉間にしわを寄せた。どうしてそんなに気にしているんだろう。いや、私も飯田くんの立場なら気に病んでしまうとは思うのだけれど、今の私からしてみれば、いつも通りでいいんだよ、と言いたい。

例えば、プロヒーローに助けて貰ったとき、深く心配するだろうか。自分のせいで怪我をしたかもしれない……と思っても、ヒーローが「大丈夫、気にするな」と言うだけで心配はどこかへ吹き飛ぶ。戦う姿から勇気をもらう。それがヒーローってものだ。



「俺は我慢できないんだ。傷痕が残ってしまうんだろう?俺のせいで……そんな……」

「もーうるさいなぁ!あのね!飯田くんじゃなかったら、きっと助けに行けなかったよ。怖くて体が動かなくて、たぶん……。ヒーローが人を選ぶなんて絶対ダメなんだけど……」


ひとかけらの勇気しか持ち合わせてなかった私は、誰でも助けに行けるわけはないと思うのだ。それが出来るなら、脳無のもとへ戻っていた。例え足が折れても腕があらぬ方向へ曲がっても、街を守るためだけに命の灯火を燃やしたはずだ。


勇敢とは程遠い自分を犠牲にしてでも助けたくて、こんな弱い私でも守りたいものがあって……それが飯田くんだったんだ。だって飯田くんは、私にとってかけがえのない、絶対に失いたくない存在だから。お茶子ちゃんでも助けられないかもしれない。これは……なんて言うんだろう?他のみんなだって大切な人なのに、飯田くんだけは特別で……あぁそうだ、たぶん、きっと、そうに違いない。




「飯田くんのことが、好きだからだよ」



そう言ってから、私は自分の顔が赤くなるのを感じた。「ごめんね急に!全然そんなんじゃなくて!なんか、その、気にしないでね!」と誤魔化したものの、意味はなさそう。"そんなんじゃなくて"ってなんだ、誤魔化したいなら"友達としてなんだけど!"とか言えよ、自分。あまりにも下手くそすぎだ。



「わ、忘れてね!遅刻しちゃうから、早く学校行かなきゃ!」


飯田くんは何も言わず、歩みを進めた。
本当に何の反応もないが、もしかしたら勝手に「友達として好き」と変換してくれているのではないか。飯田くんは色恋沙汰には疎そうだし……それならそれで有難いことこの上ないのだが!








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