地獄への道は善意で舗装されている。

□乙女と勇気と母心。
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今日は日直だったので、教室に教室に残って日誌を書いていた。飯田くんは図書室で待っていると言ってたから、少しぐらい遅くなってもいいだろう。


書き終わった日誌を職員室の相澤先生に渡しに行った。そのときは一緒にカバンも持っていって、用が終わると直接図書室に向かった。


図書室に入って飯田くんを探したが、図鑑のところにも小説のコーナーにも、どこにも見当たらない。いったいどこに居るんだろう?遅すぎて先に帰ってしまったとか?それなら連絡ぐらいくれるはずなのに。


すれ違いになってしまったかな。玄関の靴箱を見に行こう。



「ええと、飯田くんは……居るじゃん!」


靴箱の中には、ピタリと並べられた外靴が置かれていた。図書室で待ってるって言ったなら図書室に居てよね。でも、真面目な飯田くんが移動しているなんて、よっぽどのことがあったのかもしれない。


結局どこに居たらいいのか考え、このまま玄関にいることにした。どうやらずいぶん時間が経っていたらしく、玄関には生徒がほとんど居なかった。



しばらくすると、目を腫らした女の子がやってきた。その子は私を見て驚いた様子だった。当然こっちだって驚いたけれど、もっと驚いたのは、その女の子に睨まれたこと。その子とは面識がなく、睨まれるようなことをした記憶だってない。

なんなんだ。見てしまったことに怒っているのか……?それはたいへん申し訳ないとは思う。同性とは言えそんなの見られたいわけない。だけどそんな……睨むことはないじゃないか。


「貴女、天哉さんといつも一緒にいますよね」
「は、はい、まぁ、確かに」


飯田くんの知り合いのようだ。しかも下の名前で呼ぶほどの仲らしい。飯田くんにもそんなに仲がいい子いたんだ……恋人だったり、するのかな。


「天哉さんに告白したら、断られたんです。絶対に、貴女がいつも近くに居るからだわ」


反論もできず、憎悪の目で見られた私は、ただ『言いがかりが激しすぎる』と思った。

私の存在があるからこの子が付き合えないのではなく、飯田くんが真面目すぎるからではないだろうか。想像してみよう。きっと「雄英生徒たるもの、色恋沙汰にうつつを抜かしていてはいけない」とか言ったのではないだろうか。



「私が彼の中で大きな存在だってわけじゃないですよ、たぶん。飯田くんはただただ真面目な人なんです。告白するくらい好きなら分かるでしょう」


飯田くんは体育祭で活躍していたし、名前を知っているのもそのせいだろう。あのときの飯田くんの戦いは、どれも本当にかっこよかった。彼はルックスもいいし、体育祭の様子を見ていて好きになってしまう子だって少なくないと思う。


「私が飯田くんと話せるのは偶然の産物です」


女の子は何も言わず去ってしまった。

慰めてあげたら良かったかな。諦めることないよ、友達から始めなよ、とか。正直初対面の相手にそんなことまでできないが、誰かに告白できるなんて、私より勇気があるんじゃないだろうか。

朝のあれは告白なんかじゃない、口が滑ってしまっただけだ。だいたいなかったことにしてるんだった!


「乙女って大変だ……」


そういえば、飯田くんが図書室にいなかったのは告白されていたからだったんだなぁ。断ったみたいだけど、それをきっかけに……ってこともあるかもしれない。そうなったら、いやだな。



「水無月君!すまない、待っていたのか!?」
「あ、いや、大丈夫だよ。私の方こそ待たせちゃってたし」


図書室に戻る途中であろう飯田くんが、玄関にいる私を見つけ、足早にやってきた。告白されてたんでしょ、ということも出来ないので、とりあえず帰ろうと言った。



そうだ、家では母が待っている。なんで思い出してしまったんだ。だけどどうせ怒られるなら、さっさと終わらせたほうがいい!帰るまでに覚悟を決めておこう。





自分の家なのに、扉を開けるのを躊躇した。2分くらいは唸っていたと思う。ええいままよ!と玄関に入り、ただいま、と呟く。

リビングと繋がった対面キッチンにはいつもと変わらない様子の母がいて、おかえりと返してくれた。自分の部屋にカバンをおいて着替え、またリビングに行く。

ソファーに座った私の隣に母が来て、ゆっくり口を開いた。


「今は怒ってないよ。すごく心配してるの。またこういうことがあるかもしれないって。次からはちゃんと言ってね。そうじゃないと雄英やめさせるから」


言うだけ言ってキッチンに戻る母。私は「はい」としか言えず、あまりの強行的な手段に恐れた。決死の思いで入った雄英をやめるなんてできない。


同時に、母も心配してくれたのだろう、と思った。私が飯田くんに頼って欲しかったように、母だって親として思うところがあるはずだ。数日とはいえ入院もしていたし、相手はヒーロー殺しだったし。

病院や警察に頼み込んでまで母への連絡を避けたのに、余計心配させてしまった。



怒ってないといいつつ、確実に怒っているだろうと思ったのは内緒の話だ。







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