地獄への道は善意で舗装されている。

□夢だと思いたい。現実だとも願いたい。
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飯田くんはよく図書室にいくようになった。読みたいものは買って家に置いておきたいから、とあまり本を借りることはなかったのだが、どうしたんだろう。

図書室に行く時は私もついて行った。最近は通り魔の恐怖も薄れ、飯田くんと登下校をしなくたっていいんだけど、慣れというのは怖いもので、一緒じゃないと不安になるのだ。違和感というか。


図書室の中でまで一緒に行動はせず、それぞれが好きに過ごし、飯田くんの用が終われば帰る日々が続いた。




ある日のこと。勉強でつまずいてしまったので、教室にて、飯田くんに教えてもらっていた。彼は説明がうまく、すんなり理解することができたので、ついつい甘えて色々と聞いてしまう。

このときにはもう、告白の件は本当になかったことのようになっていた。三奈ちゃんから「飯田のことどう思ってるの!」と聞かれることもなかったし、少なくとも私は気にしないで接するようにしていた。飯田くんからの反応が一切無いということは、まぁそういうことだと思うから。


「水無月君」
「ん?なに?」
「明後日は暇だろうか?」



計算する手を止めてスケジュールを思い出す。今日は金曜だから、明後日は日曜日。誰かと遊ぶ約束はしていないし、母ともどこかへ行こうとは話していない。学業が大変で、あまり休日に何かをすることなんてないし……。


「特に予定はないよ」
「そうか!……ならば、遊園地に、行かないか?」


ヒーロー殺しと戦ったときに出会ったネイティブさんが、お礼にとチケットをくれたそうだ。緑谷くんも轟くんも用があって行けないとか。本当は4枚あったのだが、変態ツートップの峰田くんと上鳴くんが欲しいと言うのであげてしまったらしい。あの2人が「遊びたいから」と遊園地に行くわけないけど……。



「遊園地行きたい!最近全然行ってないし!峰田くんたちも一緒?」
「いや、彼らは彼らで行くそうだ」
「へぇ、そうなんだ。……え?じゃあ」


私たち、2人?

あ、いや、でも、前にもクレープ屋さんに2人で行ったことだってあったし(店が休みで食べれなかったけど)、そんな気にすることじゃない……と思いたい。




「嫌、だろうか」
「そんなことないよ!」
「それなら良かった!」


むしろ峰田くんたちが居なくて有難いし、嬉しい。ただ、まるでデートみたいだと思ったんだ。男女2人で遊園地なんて普通じゃない。はたからみればカップルにしか見えないだろう。それで付き合ってないなんて、誰も思わない。いや、気にしちゃいけないんだ。友達として、接するようにしなきゃいけない。



「それから……ずっと、言いたかったことがある」
「なんでしょうか」


急に改まった様子の飯田くん。今度はなんだ。もう一緒に登下校なんて嫌だとか……?確かに甘えすぎていたかもしれない。同じ方向だからって。



「俺は悩んでいたんだ。恋愛とはどういうものなのか……勉強ばかりしていたから、そんなもの縁遠くてな。図書室に入り浸っていたのも参考文献を探すためだ」
「そ、そんなことしてたんだ」


恋愛が分からないって、飯田くんはロボットか何かなのか。そりゃあ私だってよく分からないけど、本を探してまで知ろうとするなんて、常軌を逸した真面目さだ。



「それって、あの女の子に告白されたことが……原因だったり、するの……?」
「女の子……」


少し視線を巡らせた飯田くんはハッとしたように私を見て、「知っていたのか」と呟いた。何か都合の悪いことがあっただろうか。いや、告白のことを知られたら、気分はよくはないだろう。


「確かにそれもなくはない。だが一番の理由は水無月君だ。俺のそばに居るのは、いつだってキミだろう」


身体が動かなかった。縛られているわけでもないのに、ヒーロー殺しと戦ったときみたいに、指先すらも動かせない。瞬きするのも忘れるほど、飯田くんに魅入っていた。



「結局、恋愛の定義は俺には理解できなかった。しかし、考えたことがある。俺が抱いていた感情が恋なのではないか、と」



胸の高鳴りが、抑えられない。だってこんな話されたら、誰だってドキドキするでしょう。飯田くんと私以外には誰も居なくて、まして真面目な飯田くんが冗談を言うとは思えない。だから、期待させるようなこと、言わないでよ。


「ま、待ってよ、飯田くん、そんなの聞かされても、困るよ。だって私……」
「す、すまない!俺としたことが……!」


軽く咳払いをした飯田くんは、簡潔にすませよう、と言った。そういうことじゃない。





「……水無月君のことが好きです。付き合ってください」




顔が熱くなって、涙が出そうになる。飯田くんも嘘ついたりするんだね、なんて言って、流してしまいたかった。そうしたところで何にもならないけれど、これが現実だという自信もなくて。気付いたら目が覚めて、いつもの見慣れた自室に居るかもしれない。そして都合のいいものを見てしまった、と落胆する。そんな気がした。



「わ、私も……飯田くんのこと、好き」
「あぁ。以前も言ってくれたな。とても、嬉しかった」
「だけどあの時、飯田くんは何も返してくれなかったじゃん……」
「それは……その……事態が把握できなかった」


意味わかんないし!と飯田くんを叩こうとすると、その手は受け止められてしまった。真剣な眼差しがこちらに向けられている。



「返事を、聞かせてくれないか」
「……っ……よ、よろしくお願いします……!」


飯田くんは今までにないくらいの笑顔を浮かべて、ぎゅうっと抱きしめてくれた。いたい、折れる!身体が!夢じゃない!


「飯田くん、死ぬ……」
「すまないっ!つい……!」


こういうのは段階を踏まなければ、という飯田くん。お付き合いなんて出来るのだろうか、と思ってしまった。









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