地獄への道は善意で舗装されている。
□恋人とは何をするのか。
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飯田くんとお付き合いをすることになった。恋人といえば、手を繋いで帰ったりするのだろうか。……飯田くんは、ちょっと厳しそうだ。
飯田くんは一緒に登下校してくれたり、怪我のことも心配してくれたり、私にとても良くしてくれていた。けれどそれは私だけでなく、緑谷くんやお茶子ちゃんもそうである。
そもそも飯田くんは委員長という立場上、みんなのことを助けている。だから、私が特別だという感覚はあまりなかったし、ましてや好意をよせてくれていたなんて、分かるはずがない。
真面目さ故に感情的にもなることが多いけど、そういうのに限って、出してくれなかったのだ。
かといって私の方も、好きだと全面的に出していたわけではない。気付けば隣に居て当然のような存在になっていた。飯田くんが居れば安心できて、離れたくなくて、もっと話したいと思ってしまうような存在。……あれ、これが、好きってことなんじゃ……。
「……なぁんだ、ずっと前から好きだったんだ」
「どうした?」
「なんでもない!」
日が暮れてしまうからと、帰る準備をしていた。小さく呟いたつもりだったが、聞こえていただろうか。
「飯田くん、参考文献って、何読んでたの?」
「恋愛小説などだ。様々なものを読み漁った」
やっぱり小説だった。もし心理学の本とかだったらどうしようかと。心理学はガチすぎる。
飯田くんの読む本は難しい参考書とか、そういう勉強関連のイメージしかない。小説を読むことだってあるはずだけど、何を読むんだろう。ミステリーとか?読みながら犯人探しをしていたりして。
「……飯田くん、どうしたの?」
テキパキ動いていた飯田くんが、急に止まった。エネルギー切れのロボットみたいだ。飯田くんのことはもうロボットにしか例えられないかもしれない。彼はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……いや、恋愛小説では、交際を始めてすぐに口付けをすることが多かったんだが、実際しないものだな、と思ったんだ」
「口付けって!」
高校生が口付けって。接吻よりはいいけれど。
「小説通りにする必要はないし……キスとか、恥ずかしいし……」
段階を踏むと言ったのは飯田くんのはず。それなら全部踏んでいけ。まずは手を繋ごう!話はそれからだ。
だいたい全ての小説で付き合いたてほやほやのときにキスしたわけじゃないだろう。そりゃあ、ゆくゆくはしたい……と、思うけど……。
「……と、とりあえず帰ろうよ!」
こんな話題はもうやめよう。
飯田くんの腕を引いて玄関に向かう。窓から外を見ると、かなり暗くなりかけていて、家につく頃には確実に日が沈んでいるな、と思った。
「……飯田くんは、本当に、私なんかでいいの……?」
「水無月君でないとこんな感情は抱かない」
飯田くんは私の手をそっと腕から外して、少し迷った様子を見せてから、指を絡めるように、手を繋いだ。今までも具合が悪いときなど、ナチュラルに手を繋いだことは少しあったが、改めてこうして恋人繋ぎをするなんて……。
顔が赤くなるのが、自分でも分かった。やけに手の感覚が過敏になったような感じがして、意識しないようにと思っても、余計気になってしまう。落ち着かないから繋いだ手をモゾモゾ動かしてしまったら、飯田くんは少し力を強めた。もう、自分の手が熱いのか、飯田くんの手が熱いのか、分からない。
「恋人とは、こういう繋ぎ方をするそうだ」
何も返せずにいたら、今度は飯田くんが先導して歩いた。こんなところでせっかく手を繋いでも、どうせすぐに外さなきゃいけないじゃない。また、繋げる、かな……。
「……観覧車の頂上で口付けをするというのは定番らしいが、それはジンクスがあるからなんだ」
「どんな?」
「頂上で口付けをした恋人たちは、永遠に別れない」
ロマンチックだと思った。あくまでジンクスは気休め程度に過ぎないが、それでも、2人の愛が形になるような瞬間が生まれるというのは、素敵なものだ。女の子なら、いいやそうでなくても、誰もが憧れるだろう。
「私は、そんなジンクスなくたって、飯田くんとずっと一緒に……居たい。だ、だけど!ワガママいうと、そのジンクスに、あやかりたい……です」
飯田くんが立ち止まって振り返る。すごく、ドキドキする。ジンクスにあやかるって、結局キスしなきゃいけなくて、遊園地に行ったらしてほしいってねだってるみたいな、そんな感じがして……。
飯田くんを見ると、繋いでない方の手を宙に浮かせて、所在なさげに動かしていた。
「……どうしたの?」
「抱きしめたいと、思ってしまって……」
だけど、飯田くんの真面目さがとめている、ようだ。さっきは折れそうなくらい抱きしめてくれたのに。
惜しいけれど絡めた手を外して、飯田くんに抱きついた。両手を背中にまわして力を込める。とても安心できる。飯田くんは体格がいいから、包容力もあるのか。いや、ただ単に、飯田くんだから……かも。
「水無月君っ……!」
「私たちは、もう、恋人です。だから、あんまり我慢とか遠慮とか、しなくていいと思います……」
「……そう、だな。では……」
私の背中に飯田くんの手がまわってきた。恥ずかしくて、飯田くんの顔は見れなかった。こんな積極的なこと今後できる気がしない。
その後は、離れどきが見つからず、ずっとそのままだった。しかし、私のスマホに「もう暗いよ!どこにいるの!」と連絡がきたことで、やっと家路についた。