地獄への道は善意で舗装されている。
□甘酸っぱい恋の味。
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「彼らも心配だが、次へ行こうか」
「うん、そうだね」
それから、色んなアトラクションをまわった。ジェットコースターも結局乗った。恐かった。吐くかと……。
お化け屋敷にも入った。無駄にリアリティがあって、ずっと飯田くんの腕を掴んでいた。歩きづらいぞ、と言われたがそんなこと気にしてられない。
「あとは……観覧車か」
気付くと夕方になっていた。観覧車の高い位置から見る景色はきっと格別だろう。遊園地にきたならばこれは外せない。
ゴンドラに乗り込み、上がるのを待つ。次第に人々が小さくなっていって、まるでアリが動く様子を見ているみたいで不思議だ。
「楽しかったね。ありがとう、連れてきてくれて」
「こちらこそ同行してくれてありがとう。また、来たいな」
「うん、絶対また来よう!」
次に来る時はジェットコースターとお化け屋敷は行かなくていいかな……。アップルパイは美味しかった。他の時期には違うものがあったりするかも。今度は邪魔されたくない……。
だって、2人きりのデートなんだもん。
「もうすぐ頂上だな」
「頂上……」
ジンクスは、どうするのだろうか。あやかりたいなんて言ったのは私だし、そもそも話題を出したのは飯田くんだ。
「隣に、行っても構わないか」
「ど、どうぞ」
飯田くんが移動したことで少し揺れるゴンドラ。すぐに揺れはおさまって、どんどん頂上に近付いていく。
ぎゅっ、と手が握られる。少し汗ばんだ手のひら。背中にも変な汗が出ている気がして落ち着かなかった。飯田くんは真一文字に口を結んでいる。対して私は何か言うべきだろうかと開いた口がそのままで、とても間抜け面だと思う。
「咲涼、君」
繋がれていない手が頬に触れる。思わず肩を揺らした。触れられた部分から熱を帯びていって、呼吸が止まりそうになった。少しずつ距離が狭まっていく。お互いの吐息を感じてしまうほど近くなって、あと一歩が踏み出せない。
「んっ……!」
飯田くんが、私の後頭部に手を当てて、優しく唇を重ねた。私は恥ずかしくて照れくさくて、思い切り目をつぶっていた。空いている手を飯田くんの背中に回して服を掴む。やがてどちらからともなく離れていき、呼吸をととのえた。キスって、いつ息をしたらいいのか分からない。
「ファーストキス、です」
「……俺もだ」
顔を見合わせて笑いあった。
キスって、こんなにもロマンチックで、こんなにも甘酸っぱい、幸せなものなんだ。胸がいっぱいで、なんだか涙が出てきそうで。恥ずかしさはもちろんあるんだけど、それ以上に、離れたくない。
「交際3日目で口付けは、早かっただろうか」
「付き合ってすぐよりは遅いよ」
後半の降りはあっと言う間で、すぐに地上に着いてしまった。惜しいけれど他に乗りたい人たちだっている。
観覧車の中での、ほんの数分間の出来事だったのに、今日の何よりも思い出になった。
「あっ」
「どうした?」
「お土産やさん」
俺としたことが忘れていた!と声を張り上げる飯田くん。周りにはあまり人が居なかったから良かったが、すぐ大きい声出しちゃうんだから……。
「ちょっと見てこう!」
中にはぬいぐるみやストラップなど、色々ものが売っていた。可愛い缶に入ったクッキーは人気商品だそうで。確かにクッキーは美味しいし、缶は思い出として残るし、一石二鳥だ。
「むっ」
「飯田くん?」
「……少しここで待っていてくれ」
飯田くんは何かを手に取るとレジへ向かった。私はその近くの棚を見ていたのだが、不意に手を引かれ、外に連れ出されてしまう。
「な、なんですか」
「いや〜、可愛い子だなぁと思ってさ」
知らない男の人だった。私より年上に見える。大学生くらいだろうか。離してください、と抵抗しても、当然力で勝てるはずはなく。どんどんお土産やさんから離れ、気付けば遊園地の奥の方まで来ていた。お土産やさんは入り口付近だから、かなり戻ってきてしまったみたいだ……。
「ほんとに、やめてくださいっ!」
「まぁいいじゃん!」
個性でどうにかしようかと思ったが、面構署長に怒られたのは記憶に新しい。しかしなんてただの弱い人間でしかない。正当防衛で許されないだろうか。
「何をしているんだ」
「あ?なんだ、お前」
男の手を掴んだのは飯田くんだった。珍しく肩で息をしていて、よほど急いで来てくれたんだと分かる。
「この手を離してもらおうか」
「お、お前、雄英の……!?」
男の人はすぐに手を離した。飯田くんは何も言わずに私を抱え、入り口まで走っていく。遊園地を抜けたところで私は下ろされた。
「戻ってみたらどこにも居ないから驚いた。何かあったら大声を出してくれ!」
「ご、ごめん……急だったから……私もびっくりで……。でも、飯田くんが助けてくれたから、大丈夫だったよ」
飯田くんはため息をついて「もう離れないようにしよう」と言った。通り魔におそわれたこともあったから、心配してくれているんだと思う。実際、さっきだって飯田くんが来てくれなければどうなっていたか。
「何買ったの?」
「ストラップだ。これは水無月君にあげよう」
「ウサギだ!」
くりくりした可愛い目の白いウサギ。飯田くんはもうひとつ取り出し、「おそろいだ」と笑う。
「ありがとう!……天哉くん!」
「なっ……」
「さっき、名前で呼んでくれたから」
誤魔化すように手を繋いで、カバンにつけようね、と言った。