地獄への道は善意で舗装されている。

□校長先生、恐ろしや。
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「校長先生は……あそこかな」



鉄球に繋がった鎖をたどると、建物の隙間から大きな重機らしきものが見えた。先生の姿は見えないがあれが敵だ。相手が単身ならば多少の戦闘をしたうえでゲートに向かうことだって手の内ではある。しかし今回はいかんせんデカすぎるのでそういうわけにはいかず。


どうにかして鎖から鉄球を外せないだろうか。三奈ちゃんの酸があれば簡単だったかもしれない。私は触らなきゃできないから、鉄球相手じゃ恐らく無理だ。下手すれば全身骨折だって有り得る。むしろそのルートしか見えない。

今の上鳴くんが何かの役に立つとは思えないし、時間だってたぶん残り少ない。


同時に始めたクラスメイトのうち何組かはクリアしたと放送がかかった。あとは3組か4組か……。


何か行動を起こさないと不合格になってしまう。そうすれば林間合宿にもいけない。三奈ちゃんたちは楽しみにしているんだ。悲しい顔をさせたくない。私が頑張らないと、そうじゃないと。


「今の私は本物のヒーローだ、出来ないことなんてない、できる、できる、絶対できる!」


私は走り出した。次に鉄球が壊すビルの方へと。鉄球はビルの上から潰すように壊すことが多かった。的確にひとつずつゆっくり進めるためかもしれない。いやなやり方だ。


とりあえず鉄球を止めなければ。ビルに着くと、今度は勢いのついた鉄球が、ビルに当たるところだった。やばい、近くに来すぎた。


「いった……!」


塀に隠れようとしたときには遅く、ビルの瓦礫の下敷きになってしまった。足が挟まって動かない。すごく痛い。


鎖のカラカラという音がした。鉄球はゆっくり上がっていく。じんじんと広がる痛みを無視し、今しがた壊されたばかりのビルを直していった。私の上に乗った瓦礫も元通り。鉄球はほぼ元通りになったビルの中に閉じ込められている。


だけどビルの壁はミシミシ音を立てていた。たぶん鉄球を動かす重機の力には勝てないんだ。すぐにでも鉄球は取り出され、私を狙いにくるだろう。


「……ゲートいかなきゃ」



上鳴くんはともかく、三奈ちゃんがどこにいるのか分からない。助けにいきたいけど……時間だって残りわずか。ひとまずクリアが先だろう。


ゲートに向かって走っていった。体力はもうなかった。地面に踏み出す度に尋常じゃない痛みが体を貫く。もともと遅い足は、歩く方が早いのではないかというほど動かなくなっていた。でも行かなきゃ。


もうちょっと外に出られる!というとき。ガラガラという嫌な音が聞こえた。すこし振り向くと、後方で建物が壊されていて、ゆっくり、緩やかに動く鉄球は、確実に私のもとへとやってくる。まるで見えているかのように直進的にやってくるから、すぐにでもクリアできるのに、足がすくんだ。


どうして。あのときは動いたでしょ。刃物もあの目付きも怖かったのに、立ち上がることができたでしょ。なんで今できないの。あのときより怖くないはずなのに。明らかな殺意はないはずなのに。


「ひっ……あ!?」


突然、バチバチっと会場全体を照らしてしまうほどの光が広がった。全身がビリッときて痺れる。



「か、上鳴くん?」



鉄球は相変わらずコチラに向かっていた。だけどもう体が動かないなんてことなくて。倒れ込むようにゲートを抜けると、ピカピカ可愛らしく輝いて"クリア!"と表示された。


「よ、かった……」



こんなに走ったのはいつ以来だろう。体力テストでもこんなに走ってない。過呼吸で咳き込まながら立ち上がった。


「2人は、どこだろ……」



上鳴くんはさっきと同じ場所だろう。お礼を言いに行かなきゃ。さっきの放電がなかったら、たぶん無理だった。三奈ちゃんだって探さないと。だけど、やっぱり動かない、かも。


「う……」


視界が揺らいだ。全身に衝撃を受けて、目の前が真っ暗になって、指先すらピクリとも動かせず、そのまま意識を手放した。





「水無月君!目を覚ましたか!?」
「いいだ、くん……?」


何度か瞬きをして、目の前の人物を確認する。眼鏡がないけど、飯田くんだ。どうして?ここはどこだろう?


「ここは保健室だ。君は下敷きになったとき……足を、折って……それ以外にもたくさん、怪我を……」
「治癒はしたから、動けるはずだよ」
「リカバリーガール……」


飯田くんの後ろからリカバリーガールがひょっこり現れた。根津相手によくやったねぇ、と褒められて思わず笑みがこぼれる。1人だったら無理だった。



「ふ、2人は!大丈夫なんですか!?」
「アンタが1番酷い怪我だよ」
「え、あはは、そうですか……」


リカバリーガールは「少し休んだらお戻り」と言ってその場を離れた。飯田くんに視線を戻す。彼は何も言わなかった。



「飯田くん、クリア早かったね」
「……クリア時、僕は首まで地面に埋まっていた」
「えー、見たかったかも」


雄英のことだから、体育祭のときみたいに映像が残ってたりしないかな。そしたら見れるのに。いや、残ってても見せてもらえないのかな。


「心配していたんだ。君に何かあったらと」
「ヒーロー科だよ、何かはあるって」
「そうなんだが……それでも僕は……」


言いよどむ飯田くん。「"僕"に戻ってるよ」とからかうように言うと、「水無月君だから構わないさ」なんて笑って。変な声が出そうになるのを必死に抑えた。あぁもう飯田くんったら!


リカバリーガールに「保健室でイチャつくんじゃないよ、まったく若いね」と怒られて、2人とも顔を真っ赤にした。







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