ひどい病気には思い切った処置を。

□金属生命体はすごい。
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『ラチェット、少し頼みがあるんだが』


ラチェットさんが淹れてくれた紅茶を味わいながら、医務室の備品についての説明を受けていた。物が沢山あって覚えられそうにない。頭がパンクする! と訴えかけたところで扉が開いた。


「オプティマスさん……!」
『咲涼、調子はどうだ?』
「いい感じです。ね、ラチェットさん」
『あぁ、彼女は優秀な助手だ』


ラチェットさんは大きな指先で私の頭を撫でたあと、『それで? 頼みとは何だ?』と話を続けた。オプティマスさんは首を捻りながら手を肩に当てて、解すように回している。


『ここ最近デスクワークが多くてな。ヒューマンモードになってばかりで、どうも体が痛む。腕なども動かしづらい……どうにかならないだろうか』


疲れたように言うオプティマスさんは、本来のロボットのような姿なのに、生身の人間のように見えた。座ってばかりで腰だとかが痛くなることは誰にだってある。座るという姿勢は楽なものではあるが、続けば続くほどつらくもなるし、どこかが悪くなる。

だけどそれって、彼らにも起こることなんだ。今の姿でなるのかは分からないけど、人間に擬態していたら同様の現象が起こってしまうものなんだ。すごい発見だ。


『ふむ、動かしづらいと言うのなら、とりあえず油をさしておこう』
『助かる』


節々の痛みだとか何だとか、失礼だけどお年寄りのようだし、関節部分に処置をする様子はもはや介護にしか見えなくなってくる。


「人間も、歳をとってくると腰が痛くなったりして、湿布を貼ったりするんですよ」
『ほぅ……この痛みもヒューマンモードの産物かもしれんな。興味深い』


しみじみと言うオプティマスさん。人間にとっちゃ大していいことじゃない。私だってまだ若いはずなのに、腰が痛くて敵わないのだ。肩がこるわ筋肉痛だわで、体はガタガタ。若いってなんだ?


『そうか、ヒューマンモードを酷使してそれを体感するのも悪くないな』
「え、ラチェットさんって」
『安心しろ、人間に興味があるだけだ。マゾヒストではない。なんなら君を解剖しても構わないが?』
「なんでそうなるんですか!」


大きな大きなラチェットさんによる解剖……確実にぐちゃぐちゃになってしまう。待ち受けるのは死だ。死ぬなんて嫌だ! どうせ死ぬなら美味しいものをいっぱい食べて幸せになってからがいい!


恋愛だってしてみたい。生まれてこのかた、恋人なんて数えられるほどしか居なかった。高校時代に付き合っていた人は卒業をきっかけに別れ、その後、車の修理の依頼をしに来た人と交際したりしたが、どうもこんな様じゃ長続きもしない。

やっぱり車に強い女は女らしくないのだろう。例えば料理が上手いとか、気配り上手だとか、そういうものを求められることが多い。知ってた。だけど車が好きなんだ。仕方ない。なぜ他人のために私が変わらなければならないのだ。もうここまできたら車が恋人だ。


『咲涼?』


嫌なことを思い出して悶々としていたら、オプティマスさんに声をかけられた。はっとして顔をあげれば、ほんの数センチの距離に彼の顔があって。


「え、ぁ……近い! ち、近すぎます!」


慌てて後ろに下がって離れたものの、下手をすればキスだって出来そうだった。どちらかというと捕食か。


『すまない。突然静かになったから、どうしたのかと……』
「ちょっと考え事です。大丈夫ですから……!」


なおも近くに寄ってくるオプティマスさんから走って逃げ、ラチェットさんの後ろに隠れた。


「用が済んだなら早く戻って仕事した方がいいですよ!」


総司令官殿はお忙しいでしょう! と言えば、彼は少し唸って渋々頷いた。どれだけ処理しても湯水の如く書類が湧いてくる、と。司令官ともなれば書類の数は相当だろう。私なら書類が溜まりに溜まって収拾がつかなくなるかもしれない。


『また来る』


オプティマスさんは医務室を出てピータービルトに変形すると、エンジンをふかしながら勢いよく走り去った。

トレーラートラックとは言え、やはりあの模様と形はカッコイイの一言に尽きる。日本のトラックはどこか事務的だ。特にトラクターは、トレーラーがないときの歪さと言ったら。アンバランスさが可愛いとも言えるが、やはり不格好ではある。その反面あの車は単体でも違和感のないフォルムで素敵だ。


『……咲涼、さては君、オプティマスと何かあったな?』
「何もないですよ、全然!」
『心拍数の上昇を感知。顔周辺の体温も上がっているようだ』


目からレーザーのようなものを出し、私の様子を伺っているらしいラチェットさん。ジャズさんが「サーモグラフィーなんかもちょちょいのちょいさ」と言っていたから、そういう機能を使っているんだろう。


『残念だが、私に隠し事はできないぞ』
「トランスフォーマー強すぎる……」


私の小さな呟きに『当然だ』とドヤ顔を返してくるラチェットさんは、嗅覚どころか聴覚も良くて、やはり強すぎた。







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