ひどい病気には思い切った処置を。

□それは、決してそんなのではなくて。
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『咲涼、着いたぜ』


小さく体が揺れて目を覚ました。帰る道中、ジャズが変形した車内で寝てしまったようだ。柔らかいシートと心地よい揺れが眠気を誘うので、ついつい欲に負けてしまった。


「ごめん、寝ちゃってて……」
『いや、いいんだ』


ドアがそっと開いたので車外に出た。するとジャズはヒューマンモードになり、私の荷物を持ってくれる。私も持つと言っても渡してくれなかった。ちょっと紳士的すぎやしないか。



『帰ったか』
「あぁ。俺が居なくても問題なかったか、オプティマス」
『そうだな、ツインズが壁を破壊したくらいだ』


ツインズが暴れる様子は簡単に想像できた。彼らはすぐに喧嘩をするから、いつも誰かに怒られている。それでまた喧嘩を始めて、怒られて……いずれ施設のどこかを壊しては、雷を落とされやっと落ち着く。

毎日そんな調子だ。私はもう、ラチェットさんと一緒に医務室に居ることが多くて、彼らは時々医務室に泣きにやってくる。

泣くと言ってもウォッシャー液を涙のように撒き散らすものだから、後片付けはちょっと大変だけど、私のところまで来てくれるのが嬉しくて許してしまう。


『咲涼。今日は楽しめただろうか』
「はい、とっても楽しかったです! ジャズはとっても優しかったし。オプティマスさん、あの……」


するり、と左手に違和感がしたと思えば、手を握られ驚いた。指を絡めた恋人繋ぎ。ぎょっとして横を見ると抑えきれないと言った様子で笑ったジャズが居た。


「デートしてきたんだ。いいだろ」
『……あぁ、それは、とても……いいな』


歯切れ悪く呟き、人間の姿になったオプティマスさん。彼は長いコートを軽くはたいて手袋をはめ直した。その顔の眉間にはシワが寄っているし、なんだか怖い。


「一日中外に居て疲れただろう、部屋までは私が送る」
「いや、このまま手を繋いで戻るのも悪くないよな、咲涼?」


どうするんだ! と言いたげにこちらを向いたふたり。どうせ戻るだけなんだから一人でも大丈夫だけど……。ねぇ、なんだかジャズ、楽しんでない? こちらとしては板挟みになって気まずいんですが。


「じゃあ……ジャズにはいっぱい付き合ってもらったし、オプティマスさんとお話したいので……それにまたジャズを付き合わせちゃうの申し訳ないし! ね!」


早口にそう言うと、ジャズは何度か頷いて「OK! じゃあオプティマス、頼んだぜ」と笑い、荷物を押し付けてビークルモードで去っていった。何だったの、結局。





部屋に行くまで、歩きながら色んな話をした。初めての土地で新鮮だったこと、たくさん服を買ってしまったこと、綺麗なお姉さんが沢山いて驚いたこと……正直中身なんてない話だったけど、それでもオプティマスさんは聞いてくれていた。だから私も調子に乗って話してしまう。気づけば部屋の前まで来ていた。あっという間だ。まだ話したいことはあるのに。


「いつからジャズと親しくなっていたんだ」
「え?」
「呼び捨てだっただろう。私の記憶では以前は敬称がついていた」


荷物を受け取ろうと伸ばした手を引っ込めた。

確かにさん付けは取れた。それはいつからと正確には言えないが、今日のうちに仲が深まったことは間違いない。サイドスワイプといいジャズといい、一日中一緒に居たら簡単に打ち解けてしまうが、それは彼らの親しみやすさや人の良さが関係しているのだろうと思う。


「今日、一緒に出かけてから、仲良くなりました」
「恋人繋ぎをするほどに?」
「え、あぁ、それは……なんていうか……」


話すと少しだけ長くなってしまう。そもそも話すほどのことではない。服屋さんで恋人繋ぎがどうこうと言っていたから、繋ぐこと自体は構わないと思っていたの私だけど、その話題はすっかり忘れていた。だからさっき恋人繋ぎをしたのだって驚いたのは誰よりも私だと思う。


「えっと、私はジャズのこと好きですけど、それは全然恋愛的な意味ではなくて、だからさっきのもお遊びみたいな感じで……恋人じゃないんです! ジャズとは! 友達です! ほんとです!」


思ったよりも大声を出してしまったようで廊下に響いていた。オプティマスさんもびっくりしたように目をぱちぱちさせる。お互いを見つめ合う時間が過ぎ、目を逸らしたのは彼が先だった。


「そう、か。咲涼がそう言うのなら、そうなのだろう」


すまない、ゆっくり休んでくれ、良い夢を。と小さく謝ったオプティマスさん。私に荷物を渡し、自分の部屋に戻ろうとする。


「ちょっと待って!」
「なんだ?」
「あの、お土産です。どうしても何か渡したくて……」


ラチェットさんは、医務室に人体模型のような雑貨を置いていた。オプティマスさんだって自分の部屋があるのだから、何かを置くスペースくらいあるはずだ。そう思って悩みながらも選んだのは、オルゴールだった。買ったのは決して高くない安物だが、流れる曲は日本のものだったので、彼に聞いて欲しくなったのだ。


「私に? ……ありがとう。大切にする」


柔らかく、優しく笑ったオプティマスさん。喜んでくれただろうか。部屋に置いてもらえるだろうか。今度お部屋にお邪魔しようかな。でも、無かった時が悲しいな。


「おやすみ、咲涼。良い夢を」
「……おやすみ、オプティマス」


このとき、部屋に入る前に盗み見た彼の顔は、生涯忘れることはできないだろう。










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