ひどい病気には思い切った処置を。

□もしも、そのとき。
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「それで、アーシーさんが洗車のお手伝いをしてくれたんです。アイアンハイドさんの屋根の部分は届かないので代わりにやってくれたりとか! おかげで捗っちゃいました」
「そうか、それは良かった。彼女たちは数少ない女性のトランスフォーマーだ。君とはより仲良くなれるかもしれないな」



あれから一時間ほど経っただろうか。私はオプティマスさんの執務室にお邪魔して、今日あったことなどをたくさん話していた。彼は仕事をしながらだったため相づちも簡単なものが多かったが、きちんと聞いてくれているみたい。本当は仕事の邪魔だろうから黙っていようと思ったのだけど、「それではせっかく来てくれた意味がない。元はと言えば私から始まったことだ」とオプティマスさんが言うので、思いつく限りのことを話し続けている。

それでも彼の仕事は着々と進んでいるし夜も更けていく。私の話だって尽きていく。


「お姉さんが出来たみたいでとっても嬉しいです!」


女性と話すことなんてなかったもの。毎日のようにガールズトークに花が咲きそうだ。

私が笑うと、オプティマスさんも微笑んだ。その間もペンは止まらない。

彼の執務室は当然ながらデスクワークを目的としているため、人間用のサイズだ。机も椅子も人間のもの。オプティマスさんはヒューマンモードを駆使して書類をさばいている。人間はなんでも紙媒体にしたがる節があるし、そのおかげで彼がこうしてデスクワークに励んでいるわけだが、ヒューマンモードが導入される前はどうしていたのだろうか。あの大きな指でペンを小さな握り、サインしていたとでも言うのだろうか。その様子を想像すると、なんだか似合わなくて可愛らしかった。


最後の一枚にサインをし、かたりとペンを置いた。小さく息を吐いたオプティマスさんは、心なしか疲れているように見える。お疲れ様ですと言えばありがとうと返ってきた。お礼を言うのはむしろこちらの方だと言うのに。


「毎日デスクワークしてるんですか?」
「あぁ。私が任務に行くことは少ない。敵を排除するのは私でなくても出来ることだが、この書類にサインをするのは司令官である私にしか出来ないのだ」


とんとん、と書類を整理するオプティマスさん。確かにそうだ。言い方は悪いが、ただの戦闘員に重要書類にサインをする権利はないし、なんなら目を通すことだって出来ない場合もある。それが組織という団体であり、システムだ。


「しかしずっとデスクワークをしているわけではない。敵の排除のためレノックスたちと作戦を練らなければならないときもあるし、オートボットやディセプティコンに話をするのも私の役目だ。ディセプティコンと対立していたときは戦闘にもよく向かった。オートボットは以前から不利な状況だったため、戦力を削ってなどいられなかったのだ」


情けないことに、私は一度、敗北したことがある。彼は眉を下げながら言った。誰に話を聞いてもオプティマス・プライムは強いとしか言われない。私自身、彼に弱さなど存在しないと思っていた。だから敗北なんて想像できなかった。


「まけて、どうなったんですか」
「死んだよ」
「え……でも、今は、こうして……」
「蘇らせてくれたのだ、サムという少年が。このマトリックスで」


オプティマスさんの胸部が開いていき、そこから細長い鍵のような、箱のようなものが現れた。真ん中が青く光るそれは、とても綺麗で神秘的だった。


「バンブルビーから少しだけ聞きました。とても勇敢な人なんですよね?」
「あぁ。私のために危険をおかしてまできてくれた」
「……もしもサムくんがオプティマスさんを生き返らせてくれなかったら、私たちは出会っていなかったんですね」


ここのみんなとも、誰とも会えなかった。サムくんには感謝しなければならない。全ては彼のおかげだ。


「良かったです、ここに来れて。毎日楽しいし幸せです」


ここに来ることがなければ、私はずっとあそこで暇な時間を過ごしていたのかもしれない。充実した日々を送っている今、以前の生活が苦しくつらいように思える。もちろん楽しいことだってあったけれど。


「私も心からそう思う。咲涼に出会えて良かった」


するりと彼の手が私の頬に触れた。金属特有の冷たさはなく、むしろ温かくて心地がいい。オプティマスさんの表情が優しくてどきどきする。目を合わせたら妙な恥ずかしさが込み上げてくるのに、そらすこともできずに吸い込まれるようなブルーの瞳を一心に見つめてしまっていた。


「オプティマス、さん……」


彼は頬に添えていない方の手で、私の手を取った。握られた手を見ていたら、「咲涼」と名前を呼ばれる。はっとしてオプティマスさんの方を向くと、彼がゆっくりと近付いてきていた。着実に私たちの距離は近くなり、心臓が早く動き出す。あぁ、だめ、ちかい。思わずぎゅっと目を閉じると、頬に柔らかい感触がした。そして今度は握られた手首にも同様に柔らかい感触。目を開けるとほぼ同時に彼は離れていった。


「……もう時間も遅い。部屋まで送ろう」


何事もなかったかのように、彼は部屋を出ていった。駆動音がしたからきっと変形したんだろう。重い足取りで外に出るとイカしたファイヤーパターンが目に入る。自然に開けられるドア。私が乗り込めばぱたりと閉じてシートベルトをつけられた。緩やかに発進するピータービルトは何も喋らなかった。




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