ひどい病気には思い切った処置を。

□嘘偽りなんかないわ。
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今は何時だろうか。朝か夜かも分からない。ぼんやりしながら唯一時間を知る術であるスマホを探し、それらしき冷たさを見つけたものの、がしゃりと音がして消えた。床に落としたようだ。ロック画面の光がうっすら見える。あぁもう。

どこに行ったのか。光を辿れば見つかるはずだけど、案外分からない。もっと遠くかもしれない。思い切って乗り出して手を伸ばしたら、体がベッドからずり落ちてしまった。妙に鈍い音がした。肌寒い。戻らないと。スマホも見つからない。そこにあったはずなのに。頭が痛い。布団に潜りたい……。





「……! ……! おい! 咲涼!」
「ん……あ……オプティマス、さん?」


目が覚めて真っ先に見えたのは、切羽詰まったような彼の顔。さらりと揺れるオプティマスさんの青い髪がとても綺麗だ。まつげは長くて、唇は厚くて、物凄くカッコイイ。心を奪われてしまったみたいに体が動かない。


「オプティマスさんって、イケメン、ですよね」
「何を言っているんだ」


冷静に返されてしまって笑いそうになった。彼の前髪に手を伸ばすと、彼は少し怪訝そうな顔をした。わぁ、さらさらだ。私の髪よりも良い髪質なんじゃないだろうか。くせになりそう。


「すき、です」


そっと抱き起こして、床からベッドに移してくれていたオプティマスさん。驚いたように目を見開いてこちらを見ている。そんな顔しないでよ。


「すごくどきどきします……体が熱くなるんです……」
「気のせいだろう」
「これって、すきってこと、ですよね」
「違う……」
「ちがわないです、オプティマスさん、わたし……」
「咲涼!」


びくりと体が震えた。頭に彼の声が響いている。オプティマスさんは大きな声を誤魔化すように、優しく続けた。


「君は高熱が出ている。何もかもそのせいだ。しっかり休養をとれば治る。……医者を呼んでこよう」
「オプティマスさん……」


彼のコートを掴みたくても、力が入らずすり抜けた。行かないで、少しだけでいいの。どうせすぐに意識を失うように眠るのだから、それまでここに居てくれたっていいじゃない。ね、だから。


「まって……おねがい……」
「咲涼……君を泣かせたいわけではなかったんだ……すまない……頼む、泣かないでくれ」


泣いてなんかないよ。視界が歪むのは体調が優れないからだし、汗が出ているから目元が濡れてしまっていくだけだし、泣いてなんかない。

オプティマスさんは私の頬に手を当てて、親指で涙をぬぐった。私だって迷惑をかけたいわけじゃない、ただ、ほんの少しだけそこに居てほしい。話を聞いてほしい。あなたは忙しいひとだから、ずっとなんて言わない。だけど、これくらい許してよ。


「ほんとに、すき……オプティマスさんが、すき、なんです……」


いつだってあなたと話していたいし、あなたの洗車もさせてほしいし、私に出来ることなら何だってしたい。デートだって、あなたと行きたいの。ジャズやバンブルビーのことはすきだけど、本当はあなたと行けたらどれだけ幸せだろうって、思ってる。

だけどそんなこと、今になって面と向かって言うなんてできないよ。あなたが私をどう思ってるか分からないんだもの。あのとき言ってくれた好意は、本当に気の迷いだったかもしれない。私に優しくしてくれるのは、惰性だけかもしれない。そう思うととても怖くて。

熱があるかどうかなんて今の私には関係のないことだけど、勢いで言ってしまうしか伝える手段はなかった。


「咲涼……すまない……」


唇に柔らかい感触がした。自然と目を閉じてしまう。短くも長くも感じたその瞬間は、酷く心地がよかった。ずっと続いてもいい。その末酸欠で死ぬのなら、それも構わないと思えた。


「……忘れてくれ」


彼は足早に部屋を去っていった。私は布団を被り直して、いつの間にか戻っていたスマホを握る。特に何かすることもないのだが、ひんやりとしたスマホが私の熱を少しだけ奪っていった。しかし頬に当てたときは、熱を奪うどころかスマホがぬるくなってしまった。それほどの頬の熱はどこへ行くのだろう?しばらくここでくすぶり続けるはずだ。そして胸の痛みや頭に響く声と相まって、私を苦しめ続けるに違いない。


忘れられるわけないだろう。いくら熱に浮かされているかといって、こんなに掻き乱されて覚えていられないはずない。

すき。ほんとにすき。彼の怒った顔も、悲しそうな顔も、困ったような顔も、笑った顔も、驚いて口を開いたちょっぴりおばかそうな顔も、全て。すきなんだ。


涙が出てきた。何が悲しいのか、何がつらいのか、自分でも分からない。だけど、涙が溢れた。








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