ひどい病気には思い切った処置を。

□病人生活。
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「……ぅ……あ」
「起きたか。もう八時だぞ。……夜のな」


どれだけ寝ていたのだろう。頭が痛い。酷く汗をかいて、服がベタついている。気持ちが悪い。


「え……だれ……」
「……アイアンハイドだ」
「あ……へぇ……そう、ですか」


ベッドの近くに座る、腕を組んだ仏頂面の男性。右目に傷があり、確かに特徴はアイアンハイドさんと一致する。あれ、ヒューマンモードって、初めて見たな。オプティマスさんやラチェットさんなどは幾度となく見ているけど、彼はただの一度も見たことがなかった。彼と会うのは医務室か格納庫だったし、そもそも会う機会すらほとんどない。


「なんで……アイアンハイドさんが……」
「お前に英語が通じないからには、俺たちの誰かしか看病できない。オプティマスは時間を割けん。ラチェットはタイミングが悪く忙しい。他の若造連中にはとてもじゃないが頼めない。ディセップは口を揃えて嫌がる。消去法だ」
「寝てれば、治るのに」
「お前が思う以上に体調は悪いぞ」


俺だって望んでここに来たわけじゃない、と呟くアイアンハイドさん。申し訳ない。そんな、自分でも熱が出るなんで思わないもの。事前に熱が出ることを知っていたらそれはそれで怖いけど。

なんで急に熱なんて出てしまったのだろう。昨日はディセプティコンのみなさんと戯れていて、自分ではとても元気だったと思う。ご飯はしっかり食べたし、早めに就寝したし、悪いことなんかひとつもなかった。なのに。


「疲労だろうと、医者が言っていた。知らず知らずのうちに溜まっていき、ついにはこうして表に出てくる」


アイアンハイドさんは自分の腕を金属の状態にした。トップキックの装甲やむき出しのネジなどが見える。


「俺たちはお前たちよりは強い。たかが拳銃には負けやしねぇ。だが同じ箇所を何度も撃たれれば次第に弱っていく。エネルゴンがなければ体がガタつく。場合によっては錆びもする。分かるだろ」


俺たちでさえ死ぬことは簡単なのに、人間が病気にならないわけがない。自分をいたわることだな。と彼は言った。心配してくれているのだろうか。遠回りなのが彼らしいとも思えた。


「……ラチェットが来るらしい。何か食えそうか」
「……すりおろしたりんごがいいです……」


こんな時に食べるものはおかゆが定番だろう。今どきおかゆを食べる人がどれほど居るのかは分からないが、少なくとも私はおかゆのイメージが強い。決して、食べていたわけじゃないけれど。おかゆは味がなくて苦手だ。べちょべちょしているのもちょっと……。

具合が悪いときにすりおろしたりんごを食べていたのかと言われると、そうでもない。ただ単純に、そういうのを聞いたことがあって、何となく憧れがあったのだ。アニメだとかではよく、りんごを食べている印象がある。


「……数分で来るそうだ、少し待っていろ。俺はこれでも仕事があるんでな」
「すみません……看病なんて、嫌だったでしょ……」


本当に、自分の不甲斐なさに申し訳なくなってしまって、小さく謝った。彼は扉に手をかけた姿勢で少し驚いたような顔で振り向く。


「望んで来たわけじゃないが、嫌とは言ってない。むしろ、仕事が減ってありがたいくらいだ」
「でも……」
「本当だ。俺がやるはずだった仕事は全てサイドスワイプに回っている」


最近気が緩んでる若衆にはおあつらえ向きだろう。様子を見に行ってやらんとな。

そう言って悪そうな顔で笑うアイアンハイドさん。機嫌が良さげに部屋を出ていったけど、サイドスワイプは大丈夫だろうか。どんな仕事か知らないがひぃひぃ言いながら頑張る姿が目に浮かぶ。まさか師匠の言うことを無視して放棄してるなんてことはないだろう。


体がだるい。着替えた方がいいはずだけど、とてもそんな気力はない。誰か着替えさせてくれ、なんてとても無理な甘えたことを考える私は、それほどに弱っているのだと思う。


「咲涼、大丈夫か、気分はどうだ」


ばたばたと慌てた様子で部屋にやってきたラチェットさん。「ヒューマンモードでしか使えないからね」と言いながらかけている伊達メガネはなく、肌触りがお気に入りだというマフラーもない。代わりに医者らしいいつもの白衣だけはきちんと羽織っていた。


「水とりんごを持ってきたよ。食べれるかい」


きれいにすられたりんご。見事なほど液状だ。ミキサーにかけたのか、というほど。きっと私のことを考えて、こんなにもなめらかにしてくれたのだと思う。ありがたいことだ。もはや食べると言うより飲み物だ。


「ありがとう、ございます」


とろとろのりんごを口にすると、優しい甘さが広がった。りんご特有の酸味は少なく、甘さが際立っている。美味しい。いくらでも食べられそうだ。

ずっと立ったままだったラチェットさんは大きな溜め息をつき、椅子に座った。


「なんてことはない熱で良かった。人間はすぐ病気にかかるからね……心配したんだ」
「……アイアンハイドさんにも、似たようなことを言われました」
「みんなそうさ。我々だけじゃない。そのりんごはNESTの職員が用意してくれたんだ。彼らも心配している」


それを聞いてどきりとした。トランスフォーマーと関わることはあるのに、人間と関わることはなかった。だから彼らにどう思われているか不安に思ったことは一度ではない。だから、心配してくれているだなんて、嘘みたいだと思ってしまう。

しかしラチェットさんは嘘じゃないと言う。だとすれば本当に嬉しいことだ。私が本調子になったときには、感謝の気持ちを伝えにいかなければならない。そう思った。






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