ひどい病気には思い切った処置を。

□懐かしい日本文化。
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「咲涼、これは何なのだろうか」
「それは扇子です。あおいで使うんですよ」
「これは?」
「かんざしです。髪留めですね、私も使ったことはないんですけど」


私たちは、街の一角にある日本の文化を取り入れたお店にやって来ていた。以前街に来た時は気付かなかったが、オプティマスさんが興味深そうにしていたので立ち寄ることができた。彼が気付かなければ私も日本に触れ合うことはできなかったのだ。感謝しなければならない。

アメリカに来てかれこれ一ヶ月くらいは経つ。もしかするともっと長いかもしれない。だから少し恋しかった。地元に居たからと言って日本の伝統文化に触れるかと言われるとそうではないけれど、やはり日本でないことを変に意識してしまう。和食が食べたいと思うことだってあるし、誰かに会いたいと思うことだってある。


「咲涼はこういうものを使っていたのか?」
「えー、使ってないですよ。私は舞妓さんじゃないですし」
「そうなのか。これなど、咲涼に合いそうだが」


オレンジの花の飾りがいくつかついた、可愛いかんざしを私の髪にあてがうオプティマスさん。私は鏡を使っても見えない位置なので、彼が押し黙る様子を見るしかない。


「うむ……」


彼は息をついてそっと棚に戻した。似合わなかったのだろうか。私にはあのような可愛いもの、いや、かんざしのような風情のあるもの、似合うわけもなかったのだ、そうだ、そもそも。どちらにせよ、私にはかんざしをつけるほど長い髪もない。


「これはどうだろう?」


そのままでも綺麗だが、明かりに当たると反射して、より一層宝石のように輝いた黄色い飾り。太陽と見間違うほど眩しい。


「バンブルビーみたいで可愛いですね」
「確かに、この黄色はバンブルビーだな」


この赤いものはディーノか、とオプティマスさんが手に取ったかんざしは深く紅に染まっていて、反射すると妖しげな雰囲気を漂わせる。人間が嫌いだとかなんだとか言う彼を彷彿とさせた。色だけで言うならディセプティコンの彼らも、目が赤いから考えられなくはない。メガトロンさんなんか、心の中では何を考えているのか分からないところが、このかんざしと合っている気がする。


「あ! 見てください!」


どこかにないか、と必死に視線を配っていたら、少し遠くにそれはあった。そう、まさにこんなものを探していたのだ。


「これはオプティマスさんですね! すごく可愛くて綺麗です」


青く丸い飾りと、周りにレースのような模様があって、その先にはドロップカットの赤い飾りがゆらゆら揺れる。これは彼以外に考えられない。強くてかっこいいオプティマスさん以外は。

作ったひとにそんな意図はもちろんないはずだ。だけど一度彼のようだと思うとそうとしか見れなくて。欲しいと思ったが、日本円にするとなかなかの価格だった。とてもじゃないけど買えない。


「……なんちゃって」


オプティマスさんが何も言わないので、気まずくなり誤魔化して別の場所に移った。がま口のポーチも売ってるんだ、と感嘆した。がま口は使いづらいと言うひともたまに居るが、私は結構好きだ。それほど使いづらいとは思わないし、なかなか可愛いと思う。これは買えそう。ひとつくらい買って帰ろうかな。


どうせ買うなら、あのかんざしを買おうか。私には高すぎる買い物だとしても、その分働いてNESTに貢献したらいい。そうすれば納得してくれるはずだ。あぁ、でも、どうしたら……。


「咲涼。もうすぐ昼食の時間だが、どうする、まだこの店を見ていくか?」
「あっ……えっと、じゃあお腹すいてきたのでご飯食べてもいいですか?」


頷いたオプティマスさんについていき店外に出た。その道すがら先程のかんざしを確認したものの、この数分の間に買われて行ったらしく、なくなっていた。近くには私たちより少し早く店を出た、購入したものを嬉しそうに見つめる女性がいる。

そんな。うそでしょ。……心の中で何を嘆いてももう全て遅い。


「……咲涼、どうかしたか」


目線を合わせるように身を屈め、顔を覗き込んでくるオプティマスさん。あまりの近さに驚いた。それに、急に鼓動が早くなるものだから、心臓がどうにかなって死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。それくらい心臓に悪かった。


「な、なんでもないです、大丈夫です!」
「……そうか」


納得はしていなさそうだけど、あまり深く追求はせず、彼は身を引いた。彼の案内するままに歩みを進め、辿り着いたレストランの食事はとにかく美味しかった。ほっぺたがとろけ落ちそうなくらいだった。

食べられないオプティマスさんの前での食事は本当に気が引けるが、彼は特段うらやましいという感情はないそうだ。彼らの食事であるエネルゴンを、私は食べたいと思わないように、彼らも人間の食事を食べたいとはあまり思わないらしい。


「だが、興味があるというのは事実だ。人間の食文化は奥が深い。だが摂取したらどうなるか分からない以上、安易に口にするわけにもいかない。それに、万が一の事態になってしまっては大変だろう」
「ラチェットさんのお世話にはなりたくない、ですか?」
「……そうだ」


苦虫を噛み潰したような顔のオプティマスさん。あの司令官でも、軍医には勝てない。これまでラチェットさんの仕事を見てきたから多少分かる。誰であろうと、恐らくディセプティコンの皆さんであっても、お医者様には歯向かえないはずだ。有無を言わせない“絶対”がある。

オプティマスさんも以前何かあったのかと考えると、少し可愛くて微笑ましかった。





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