ひどい病気には思い切った処置を。

□それが恋というものです。
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『噂をすれば王子様のお出ましだ』
『彼の生まれなどを考えるとあながち間違ってもいないが、王子様というには少々渋いな』
『どっちかと言うと王だろ』
『立派なひげをつけてそうだな』

『……な、何なのだ、私が何かしただろうか』


医務室の中に居た全員からの視線を浴び(その上王子様がどうとか意味の分からないことを言われ)、戸惑っている様子のオプティマスさん。大きな輝く瞳をぱちくりさせながらもこちらに歩み寄ってくる。


「オプティマスさんこそ、医務室に来るなんて何かあったんですか? 怪我とか……?」
『あぁ、いや、その……』


突然挙動不審になる彼は、人間のように頬を掻いたりしながら次の言葉を探しているようだった。怪我をしたならそう言えばいいし、以前のようにどこか不調ならそれはそれでそう言えばいいのに、どうしたのだろう。

私からは何も言えず、周りのみんなも何も言わず、そして張本人のオプティマスさんも何も言わず、医務室には驚くほどの静寂が訪れた。あまりの静かさに私も挙動不審になってしまい、目の前のサイドスワイプや壁際に佇むディーノさんを見たりしたが、綺麗な水色の瞳で見つめ返されるだけで、何か得られたわけではなかった。

もう一度オプティマスさんに目を向けたとき、彼もまた私の方を見ていて、一気に胸の高鳴りが最高潮に達したが、それと同時になんとなくオプティマスさんの用事が察せられた。

……もしかして、もしかすると。


「わっ、私に、会いに来てくれた、とかっ!」


それで医務室に来たはいいけど、いつもよりあまりに人が多くてためらった、とか……。以前ならきっと何でもない顔で「咲涼がどうしてるか様子を見に来たのだ」とでも言っていただろうに。


『……そうだ。仕事が手につかなくてな。駄目だっただろうか』
「駄目なわけない! ……です!」


ひゅう、と茶化すような口笛の音が聞こえた。絶対ディーノさんでしょ、分かってますからね。
一方ラチェットさんは『駄目だろ』と言いたげな表情でこちらを見ていた。そうですよね、駄目ですよね、お仕事しなきゃ……。よし、ここは私がバシッと一言!


『──司令官殿。もう愛しの水無月さんを連れて行って構いませんから、仕事ぐらいきちんとなさったらいかがでしょうか』


意気込んですぅっと息を吸い込んだとき、私よりも先に言葉を発したのは、我らが軍医、ラチェットさんだった。嫌味っぽいわざとらしい口調で、やれやれだと言いたげに溜め息すら聞こえてきそうな声色。普段は司令官殿なんて言わないくせに。


『……あぁ、そうさせてもらおう』
「えっ」


たくさんの工具を抱えた私を、掴むようにして持ち上げたオプティマスさん。当然ながら私に拒否権はなく、滑り落ちそうな工具を必死に押さえつけることしかできなかった。


「オプティマスさん、落ちちゃうっ……」


工具もそうだが、私自身も危ない。手が空いていれば彼の指に掴まることもできただろうが、今はそれができないから、彼の握力に頼るしかないのだけど……オプティマスさんは人間である私を潰さないよう優しく握っているので、妙にふわふわした感覚で、言ってみれば緩い。私が彼の指から足を離せば落ちる可能性がなくはない。その足がぴくぴくしてきた、変に痙攣してる、やばいこれは!


「てっ、手のひらに乗せてください!」




オプティマスさんの執務室に着く頃には、今にも死にそうな表情はすっかり消え失せていた。やはり彼の手のひらは安心する。何度か肩に乗ったこともあったが、足がぶらついているぶん落ちる恐怖は否めない。


「……オプティマスさん?」


執務室は人間サイズだから、彼の本来の姿では入れない。扉はやけに大きいし、天井も高ければ部屋自体広いので、バンブルビーやツインズなど小柄な面々なら入れそうだが、オプティマスさんはとても無理だ。それなのに彼は私を手にのせたまま動こうとしない。


「どうしましたか?」
『咲涼……私、は……』


珍しく歯切れの悪いオプティマスさん。あぁ、もう、どうしたの。今日はなんだか様子が変だけど、何があったの。


『君のことが、頭から離れない……何も手につかない……こんなことは、初めて、で……』


こちらに向いた視線は、どこか不安げに揺れていた。私は顔に熱が集まるのを感じて思わずうつむく。彼も私も何も話さず、物音ひとつすらしない、静まり返った時間が流れる。ほんの数秒のような、何時間も過ぎたような、不思議な感覚。意を決して彼を見つめると、彼はほんの少しだけ目を見開いた。


「オプティマスさん、近付いてもらっていいですか?」
『あぁ……』


戸惑いながらも私を乗せた手のひらを自分に近付けたオプティマスさん。私は彼の顔に手を添え、冷たさが心地よい頬を撫でた。愛しさと恥ずかしさとが混じりあって、心が暴れ狂いそうになるけど、彼の顔を見ていたらそんな暴動は起きなかった。


「すき。だいすき……」


軽く重ねた唇は、金属らしく硬くてひんやりしていたけど、とても温かい気がした。落ち着きましたか、と聞くと、死んでしまいそうだ、なんて言うから、耐えきれずに笑ってしまった。だって、死んでしまいそう、なんて。……それは私の方だって言うのに!





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