ひどい病気には思い切った処置を。

□効果のほどは?
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それから何日か、オプティマスさんと距離を置く生活が続いた。朝や昼、仕事が終わってからはたくさんお話をして、どうしても会うのが難しそうなときは電話をしたりした。

初めは調子の戻らなかったオプティマスさんも、ここ最近は仕事もそれなりに進んでいるらしい。

ジャズもアイアンハイドさんも『とりあえずは安心だ』と安堵の溜め息を漏らしていた。


それなら良かった。荒療治だが、効果はあったのだ! 単純な作戦こそ意外と効果的だったりするんだなぁ。私はあんまり頭が良くないから、別の案を考えるのも大変だとは思っていたから助かった。

このまま順調に続けばいい。オプティマスさんは仕事に集中できて、私もきちんと仕事ができる。


それがいい。それがいい……。


「……はぁ」


私は広い医務室でモップがけをしながら溜め息をついた。細かいところのゴミが気になってしまうので、時たま掃除をするのが私のお仕事でもある。

モップを隙間なくかけていくのは無心になれて、わりと嫌いじゃないんだけど……今日は何だかやる気が出ない。


『どうした、アンタが溜め息なんて』
「ディーノさん……私も溜め息くらいしますよ」
『咲涼! 何かあったのか?』


怪我をしたサイドスワイプを担ぎこんできたディーノさんが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。
ディーノさんの言葉に反応したサイドスワイプも心配したように声をかけてくれたが、いかんせん今はラチェットさんの治療を受けているので動けない。天井を見ながら『どうした?』『大丈夫か?』と言う姿は何だか可愛かった。だって空気に話しかけてるみたいなんだもの。


「何でもないよ。ちょっと気力がなくなってきちゃって」
『“ちょっと”? さっきからずっと溜め息ばかりで鬱陶しいんだが?』
「えっ」


私、そんなにうるさかっただろうか。完全に無意識だった。


『何、今に始まったことではないよ。最近はしょっちゅうだ』
「ぇえっ、うそっ」


ラチェットさんがやれやれと首を振る。全然記憶にない。そんなに溜め息ばかりだったかな?


『困ったものだね』


ほんとにね……何だか申し訳ない。特に何があったわけじゃないけど、あまり気分が良くなくて。

お腹痛いとか、具体的なものは本当に何もない。
ただ、こう……モヤモヤして、頭に霧がかかったっていうか、何て言うか……すっきりしないのだ。うーん、自分でもよく分からない。


「気をつけますね」
『それより、原因を突き止めたほうがいいんじゃないか? 無意識なら気をつけようがないだろ』
『ディーノ、お前いいこと言うなぁ』
『そうだろうとも、スワイプ君?』


軽口を言い合うふたりを横目に、私は目から鱗で大きく頷いた。

確かに! 確かにそうだ!
今みんなに指摘されて初めて気付いたくらいなのに、気をつけて抑えられるわけがない。
原因を見つけて、解決した方がいい。


ディーノさんの人間嫌いはあからさまだったのに、こんなふうにアドバイスしてくれるなんて。少しは心を開いてくれているんだろうか?


「だけど、自分でもよく分からないんです」
『……遡って考えてみたらいい。咲涼が溜め息をつくようになったのは、私の記憶では一週間ほど前からだ』


一週間!? 何で言ってくれなかったんだろう。結構前からじゃん。


『その頃、何か嫌なことはあったかい?』


優しく諭され、私は壁のシミを見つめながら考える。

何か……何かあっただろうか。二連休があったのがちょうどその頃だったな。いつもは週の中で不定期なお休みを貰うから、二連休なんて珍しかった。

まぁ休日と言っても私は外に出ることはあまりないから、基地の中を散歩して、出会ったひとと雑談して、あとは部屋でゴロゴロして……その程度だ。

外出を禁止されているわけではないけれど、自由に出歩こうと思うほど私の探究心は強くない。きっとすぐ道に迷って、帰り道を聞くこともできず、立ち往生。うん、簡単に目に浮かぶ……。


二連休も大体いつも通りの過ごし方だった。窓の外のさほど変わらない景色を眺めたりとかね。


「天気が悪かったから、眺めがあんまり良くなかったかな」
『ふぅん、なるほどな。他には? 何かない?』


処置を終えて起き上がったサイドスワイプに促される。

他には……優しい優しいNEST職員さんに貰ったチョコがポケットの中でドロドロに溶けちゃったこととか。

あと、食堂のご飯はいつも美味しいのに、言葉が通じないおかげで激辛カレーを出されてしまったこととか?
一人で食堂に行くことも増えてきてて、拙い英語と身振り手振りで頼んでも意外と汲み取ってくれていたけど……カレーの甘さまでは伝えられなかった。


『……たぶんそれじゃないぜ、咲涼……』
『他にはないのかい?』
「えーっと……」


嫌、というわけではないんだけど……。


「最近オプティマスさんがすごく忙しそうで、電話もまともにできないのは寂しい、かな……」
『『それだ!!』』


ラチェットさんとサイドスワイプの声が重なった。ディーノさんは呆れたように腕を組む。


『それが最初に出ないのがおかしなもんだな』
「うーーーん、だってオプティマスさんがちゃんと仕事してるのはいい事ですよね?」


そのために距離を置いてるんだし、そもそも言い出したのは私だし。以前の状態を考えれば、忙しいと言えるほど仕事に集中できているのはとても良い。


『君らは……本当に、……ハァ…………』


頭を抱えたラチェットさんの、深い深い溜め息が部屋中に響いた。






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