ひどい病気には思い切った処置を。

□穏やかな話し合いは何事も解決させる。
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「オプティマス、さん……?」


頭が落ち着かないまま呼びかけると、彼は小さく息をついた。


「……今までの恋人と、こんなキスをしたことは?」
「えっ? な、ない、ですっ……」


私の返答に、より眉間のしわを深くしたオプティマスさん。え……怒って、る? 何に怒ってるの……?

混乱する私をよそに、更に質問が投げかけられた。


「“この先”、は?」


ひゅっ、と息を飲んだ。だから、それは、考えるだけで……考えるだけで、頭が沸騰しそうなのだ。

彼はなんて意地悪な質問をするんだろう。まともに恋人が居たこともなくて、ましてやあんな深いキスだってまともにしたことがないような女が、その先……その、誰かと交わったり、なんて、するわけないのに!



「あの、それは、」
「あるのか?」
「な、ないですっ! そんなこと……したことないです……!」


どうしてそんなことを聞くんだろう。私、何か悪いことでもしただろうか。彼の地雷を踏み抜くようなこと、いつの間にかしたのかな。


「ははっ……はははっ……!」
「え……」


オプティマスさんは顔を覆って大きく笑い始めた。こんなに高らかに笑うことは珍しい。初めて見る、かもしれない。


「咲涼……ありがとう」
「えっ、何がですか?」
「私は……本当に最低な男だ。愛する女性の気持ちを踏みにじるような真似をして……。気が済むまで殴ってくれて構わない」
「何言ってるんですか!?」


話が見えてこない。ありがとうと言ったり、殴っていいと言ったり、発言が支離滅裂すぎる。


「咲涼……私は恐れていたんだ。君の気持ちはわずかなもので、私と同じではないかもしれない。共に過ごしたいのは私だけで、君はそんなこと考えてもいないのかもしれない、と。なぜなら私達は種族が違う。私がどれほど人間と似た姿をしていても、所詮は偽物だ」


オプティマスさんの手はどこからどう見ても人間の手だったが、カチャカチャと音を立てて金属がむき出しになった。人間の形でありながら、中身は血肉ではない。
それほど気にしたことはなかったけど、大きさも質量も違うなんて……不思議な擬態の方法だ。


「それに、私は……近くに居れば居るほど君と触れ合いたくなる。姿を見て、声を聞くだけでは到底足りない。もっと深くまで触れたいと思ってしまう」


真っ直ぐな視線から目をそらすことができない。低い声も青い瞳も、胸が苦しくなって仕方ないのに、拒絶することができなかった。


「こんな私の欲望が……いつか咲涼を傷つけるだろうと思っていた。だから会う時間が少なくなって……少し安心した。もしかしたら、このまま私の気持ちが薄れていくかもしれないと。そうすれば私の感情が暴走して君を傷つけることもないのだから」
「え……そんなこと……」


もしかして、そのせいで仕事が捗っていたの?
仕事とそれ以外の切り替えができるようになったんじゃなく、仕事にのめり込むことで私を忘れようとしたってこと?

私が……『忘れてください』なんて言ったから? それなら、それなら私はなんて馬鹿なことを言ったんだろう。こんなに好きでたまらないのに、突き放すようなことを言って、その結果オプティマスさんを不安にさせて、自分でもモヤモヤして。

馬鹿だ、私。本当にダメな人間。

また少し泣きそうになってしまったけれど、オプティマスさんがそっと頬を撫でてくれた。


「──だが全て私の思い過ごしだった」
「えっ? ……っん! っ、ふ、……ん……!」


また唇が重ねられた。舌がぬるりと忍び込んできて、私はさっきよりもちょっとだけ慣れたキスになんとか応える。でもやっぱりオプティマスさんの深いキスは何だか激しくてすぐいっぱいいっぱいになってしまう。

今度は離れるのが早かった。私の方が名残惜しくて引き止めたいくらいだったけど、恥ずかしくてできなかった。


「咲涼。君は言っただろう、こんなキスも、この先も、誰ともしていないと」
「は、はい……してない、です」
「そしてこうも言った……『“この先”を考えるだけで』……と」


確かに言いました、と頷く。それがどうしたんだろう。どこかおかしいかな。

首を傾げる私を、オプティマスさんは横抱きにしたままぎゅううっと抱きしめる。私はそのせいで縮こまって、彼の胸に引っ付いた。コートやワイシャツの上からでも分かる、筋肉のついた体。これが今この瞬間は、わたしだけのものだ。


「咲涼……それはつまり、私に初めてをくれると考えているんだろう……? 他の誰でもない、私に……」
「ぇえっ! 何でそんな、当たり前のこと言うんですか!?」


オプティマスさんは驚いたようにこちらを見る。私も自分で少し驚いてしまった。当たり前のことを、なんてちょっと自意識過剰だったかもしれない。


「えっと、そのー、だから……私はオプティマスさんのことが、すごく好きなんです。種族だとか、そんなの関係なしに。好きなひとと、そういうことしたいって思うのは……変、ですかっ?」
「咲涼……咲涼、咲涼ッ……」
「ぅわぁあっ! どうしたんですか!?」


抱きしめる力が強くなって、痛いくらい愛のこもった抱擁を受ける。ちょっと息苦しいけど……これも何だか悪くない。








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