ひどい病気には思い切った処置を。

□幸せをくれた貴方。
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公園の中を歩いていくと本当にアイスが売られていた。

オプティマスさんにお願いしてチョコレートアイスを貰った。お金は事前に頼んで私のお給料をいただいていたので、意気揚々と払おうとしたが……オプティマスさんがスマートに払ってしまって、あわあわしながらお礼を言った。


「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます!」


近くのベンチに座ってアイスを頬張る。おいしい。青空の下で緑に囲まれながらアイスは美味しいなぁ。元気に飛び交う虫がちょっと気になりますが。

オプティマスさんは黙々と食べる私を見ていたが、ふいにどこかへ視線を向けた。そしてまたこちらを見たとき一瞬驚いたように目を開いて大声で笑いだした。


「……はははっ! 咲涼……ふふっ……」
「えっ! なに!?」


オプティマスさんはハンカチを取り出した。とても肌触りのいいそのハンカチは彼がずっと前から持っているものだけど、あまり使う機会はないそうだ。


「ついてるぞ」


ハンカチで私の口周りを優しく拭く。ほら、と見せられたハンカチにはチョコレートの色が。せっかく綺麗な白なのにもったいない!

気をつけてたつもりなのに、子供みたいで恥ずかしいな……。


「慌てなくてもアイスは逃げないさ。溶けはするが」


はっとアイスを見れば、ほんの少し目を離した隙に表面が溶けている。やばい。これが進むとコーンの底にどろどろのアイスが溜まってしまう。

柔らかくなりつつあるアイスを舐めてコーンをかじり、それを繰り返して完食した。うん、美味しかった!


「お待たせしました! そろそろ行きましょうか?」
「いや……その前にキスをしてもいいか」
「えっ」


……周囲の人は少ない。ちょっと離れたところでカップルがイチャイチャしているか、ランニングしている人が居るかだ。


「一回だけなら……」


分かった、と頷いた彼は、私の頬に手を添えて触れるだけのキスをした。

ふむ、と何かを考えるように私の目を見つめている。


「……甘い」
「それがチョコレートの味です」
「これが? そうか……。咲涼とのキスはいつも甘いが、チョコレートでより甘くなった。いいものだな」
「なっ……!」


よくそんな砂を吐くようなこと平気で……!

恥ずかしさのあまり怒鳴り散らしてやりたかったが、そこはぐっと堪えた。
彼が甘いのはいつものこと。時と場所を選ばないのが困ったものだ。


「馬鹿なこと言ってないで、行きますよ!」


手を引いて歩き出す。特に行くところはないけれど、公園は広い。花を眺めながら考えよう。

子供が走る。犬が吠える。風が木々を揺らして、蝶が花にとまる。
平和だなぁ。この平和を作ってくれているのは、この国の軍人さんや……トランスフォーマーのみんななんだよなぁ。

その司令官さまは、今まさに私の隣に居る。


「どうした?」
「んーん、なんでもないです」


こんな素晴らしいひとの隣に立てることが誇らしい。この世界でたった一人の恋人で居られるなんて。

私は本当に幸運だ。
前世があっても、来世があっても、これ以上の幸運はない。オプティマスさんに出会えたこと以上の幸運など……ありはしない。


「ありがとう、オプティマスさん。私のことを好きになってくれて」
「私の方こそ、あのとき助けてくれて……ありがとう」


あのとき。

田舎の小さな店にやってきた、派手なトレーラートラック。
何を話しているか理解できない外国人。
修理のしようがないのに「Help him……」と言われちゃあ、私だってやるしかなかった。ヘルプ、くらいは理解できたのだ、私だって。

──あのとき。

彼が訪れたのが私の元でなければ、彼は違う人と恋に落ちていたのかもしれない。世の中には素敵な女性で溢れているから。キラキラ輝いた人がたくさん居るから。

でも彼が、オプティマスさんが選んでくれたのは私だ。


「咲涼と出会えなければ、私は今も自分のために生きることはなかっただろう」
「え? 元々自分のために生きてなかったんですか!?」


じゃあ今は、ちゃんと自分のために生きてるんだ? でもどうしてだろう。

私の心を読んだかのように、オプティマスさんは微笑んだ。


「この地球と人類を守ることが私の使命だ。オートボットはそのためにここに居る」


しかし、と続ける。


「それ以上に──私はまだ君と共に居たい。咲涼の隣で生きていたいのだ」


柔らかい笑顔。どこか泣きそうで、でも幸せそうな、胸が締め付けられるその顔。


「わたし、も、……貴方と生きたい。最期まで、いっしょに……」


私の一生は、貴方にとっては短い年月だろう。たった五十年程度。一息つけば過ぎ去るであろう、ほんの少しの時間。

だから、その間だけでも。


「私が死ぬまで、貴方の時間を私にくれますか?」


オプティマスさんは目を見開いた。私は自分でも気付かないうちに涙をぽろぽろ零していて、オプティマスさんがそれを拭ってくれるまで気付かなかった。

彼は私の目元を拭きながら苦しそうに呟く。


「それこそ私のセリフだ。君の一生を欲しているのは私だぞ。私にとってほんの一瞬でも、君にとっては長い月日になる。それを私などに……」
「いいの」


貴方だからいいの。他のひとじゃだめなの。
こうして隣を歩くのも、何気ない話をするのも、貴方がいいの。


「愛してる、オプティマス。死ぬまで一緒に居て……」
「あぁ、あぁ、もちろんだ、咲涼。死ぬまで──死んでも君と共に居よう」


公園のど真ん中で人目も気にせず抱き合った。まるで呪いみたいな言葉を掛け合った私達だけど、心はひどく満たされていて、これから先何があっても怖いことなんてないと思えた。

だって何よりも怖いのは彼を失うことなんだから。

もしオプティマスが死んでも私は彼を忘れたりしない。
もし私が死んでもオプティマスは私を忘れたりしないだろう。

死んでも共に居るっていうのは、きっと、そういうことだ。






──ひどい病気には思い切った処置を。


(案外それが奇跡を起こすのです。どれほど無茶な方法でも、どれほど手遅れな症状でも、ね!)




fin.

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