ひどい病気には思い切った処置を。

□Lt.Jazz and Lover's quarrel.
1ページ/1ページ




よぉみんな。元気にしてるか。……え? 誰かって? はは、そうだな。

俺はオートボットの副官、ジャズだ。呼び方は副官でも将校でもジャズでも何でもいいが、とにかくよろしくな。


さて、何で俺が一人でこんなに喋っているのか気になるよな? 実はな……ちょっとばかし困ったことが起きているんだ。


「咲涼……本当にすまなかった、出てきてくれないか」
「オプティマスなんかもう知らないから!」


……まぁ、何だ。痴話喧嘩に巻き込まれているのだ。


遡ること一時間。
ビークルモードで基地内を走っていた俺を咲涼が呼び止めるもんだから、可愛い人間ちゃんに甘い俺はすぐに足を止めた。

ヒューマンモードになろうとした俺を首を振って止めた咲涼は、勝手に運転席に乗り込んだ。怒りはしないさ! 甘いって言っただろ。

一体どうしたんだ? とだけ思っていたんだが……疑問はすぐに消えたよ。

咲涼の居た通路の奥から、オプティマスが今にも泣きそうな顔で走ってきたんだ! しかもヒューマンモードで!
ビークルになりゃ早いのに。ま、そんな考えも出ないほど焦ってた、ってことか。


オプティマスが咲涼はイカしたソルスティスの中に居ると気付いた瞬間は、一瞬恐ろしい死神みたいな幻覚が見えたが……それもすぐ消えた。

オプティマスは車体に手をついて窓を覗き込み、必死に謝っていた。
何があったかは明白だ。いつも優しい咲涼をこんなにも怒らすほどのことを、我らが司令官はしてしまったのだ。


その後オプティマスは緊急案件で呼ばれ俺から離れていったが、咲涼が「この隙にどこか隠れて!」なんて無茶を言うので基地の端まで来た。
まぁオプティマスには居場所なんかすぐバレちまうから、こうしてまた縋り付いてるわけなんだが……。


「……ジャズ、このまま町かどこか行けない?」


咲涼がハンドルに手をかけて言った。あんまり触るなよ、オプティマスの顔がやべぇんだ。嫉妬に狂った司令官に仕事を押し付けられるのは勘弁だぜ。


『それは無茶だ、お嬢さん! 上司が張り付いてるのにそんなことできるかよ!』


このソルスティスが俺だってことを忘れてるかのように車体に縋り付くオプティマス。これを振り切って走り去るのは気持ちいいだろうが、相手がオプティマスなら最悪手だ。


「顔も見たくないの!」


……こりゃヤバいな。今やこれはふたりの問題ではない。このカップルの平和は、すなわちオートボットの平和なんだ。

早急に解決すべき事案だな。副官の腕の見せどころか?


『何だってこんなことになってんだ? 咲涼がそんなに怒るのも珍しいじゃねぇか』


まずは事の発端を聞かねぇとな。


「そう、聞いてよ! オプティマスが全然話聞いてくれないんだよ!?」


オプティマスが? 咲涼の言うことは少しも逃したくないと言いそうな奴なのに?


「私があの歌手が好きだって言ったら『そうか』だけだし、俳優さんがかっこいいって言ったら『ふむ』とか! 『犬が小さくて可愛い』なんて無言なの!」


それがずーーーっと続いて嫌になるわ! もっと話したいのに! オプティマスからは何も話してくれないし!

咲涼は叫ぶように言った。


ふーむ、なるほど。なんつーか、まぁ、そうだな。多分だが。


『ヤキモチだな』


歌手の性別はともかく、例えlikeでも好きと言ってしまえばヤキモチは焼くもんだ。
あと、俳優がかっこいいは禁句だよなぁ。

それから犬が小さくて可愛い……犬……犬?
いや、“小さくて”可愛いが駄目だったのか? 確かに俺達トランスフォーマーはメチャでけぇし、ましてやオプティマスはヒューマンモードでも大きいからな。反対の“小さい”は嫌だったのかもしれない。


このカップルが晴れて結ばれてちょっとした問題も解決した後、オプティマスが『あまり咲涼を束縛したくない』と零していたことがあった。話を聞いた俺達は顔を見合せて『手遅れじゃないか』『いや口には出すな』と首を振りあったもんだが。

自分の思いを正直に話せば、それは束縛になってしまいそうだ、と考えたのだろうか。


「ヤキモチねぇ……」


咲涼は黙り込んだ。深く考え事をしているようだ。

オプティマスの嫉妬は今に始まったことじゃねぇからなぁ。俺が咲涼とデートしたときなんて、ふたりはまだ付き合ってすらいなかったのに嫉妬心剥き出しで恐ろしかったもんだ。

あんときゃ目の前で恋人繋ぎもしたから、睨まれるのもそりゃそうだが。オプティマスが咲涼のことを好きなんて、みんな知ってたことだし。


『男の嫉妬は見苦しいけどな、オプティマスは真面目なんだ。そういうところがあるってのは分かってくれないか?』
「……仕方ない」


渋々と言った様子でドアを開く咲涼。「迷惑かけてごめんね」と言いながら降りていったが、その表情はどこか嬉しそうだ。

ふたりは何やら話しているが、会話を聞く気にはならなかった。なるべく静かにその場を離れ、格納庫まで走る。途中、バックミラー越しに抱き合うふたりが見えた。ハイハイお熱いね、と。

格納庫には数名の仲間が定位置に居た。俺も同様に、自分の場所へ美しく駐車してやった。


何はともあれオートボットの平和は保たれた。よくやった、副官ジャズ。君の勇姿を知る者は数少ないが、確かに君の行動で救われたのだ!

誰も褒めてくれやしないので、アニメだかドラマだかのように、心の中で自分を称えるナレーションをした。





──Lt.Jazz and Lover's quarrel.
(副官ジャズと痴話喧嘩。)


(……あぁいう些細な喧嘩こそ、平和の証かもなぁ。
あれくらいは自分達で解決してほしいもんだが。)





次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]