ひどい病気には思い切った処置を。

□お願い、助けてドクター!
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「オプティマス、ここがどこだか分かるかい?」
「あぁ……オートボットの医務室だろう?」
「そうだ。では次、メガトロンの役職は?」
「NEST所属ディセプティコン指揮官。……何故そんなことを?」
「……何だ、今度はついさっきのことを覚えていないのか? 厄介だな」


私達は、医務室で検診を受けるオプティマスを見守っていた。また暴れられては面倒だからヒューマンモードになってもらい、ジャズとメガトロンさんが近くで監視している。

オプティマスは未だ状況が飲み込めないようで、自分を取り囲む仲間達に戸惑いを隠せない様子。


「ついさっき?」
「あぁ。どういう訳だか君は記憶を失ったようでね。メガトロンに殺意を剥き出しにして大変だったんだ」
「記憶を失った? 私が?」
「そうとも」


簡単な説明をしながらオプティマスの身体チェックをしていくラチェットさん。ヒューマンモードだけど、それでもいいのかな。


「……何より大変だったのは」


わずかに低くなる声。


「君が咲涼を手荒に扱ったことだろうね」
「なっ……!?」


オプティマスがこちらを向く。私は言葉が咄嗟に出ず、「ぅん……」などと曖昧で唸るような声を出した。

恐ろしかった。あれほどの敵意を向けられることは初めてで、命の危機を感じたのは初めてで、怖かった。

あれを思い出すと今でも涙が出そうに……。


『咲涼っ……泣くなよ……!』
「な、泣いてない……」


ジャズの焦るような声。珍しい、こんな声を出すなんて。

大丈夫、泣いてないよ。これはあれだ、汗とか、そういうのだ。泣いてなんか……泣いて……。


「こ、こわかった、です……」


嘘、普通に泣いてる。こんなん泣くでしょ。恋人に雑に掴まれて、怒り剥き出しで問い詰められて、果てには完全に敵認定されたりして。

普段優しい分、その温度差が余計に怖かった。


「思いっきり掴むから、ぃ、痛かったし……!」
「咲涼、すまないっ……!」


検査の途中なのにこちらに駆け寄ってくるオプティマス。そっと抱きしめる腕の優しさはいつもと同じで、さっきの怖いオプティマスは居ないんだと分かる。

彼は何度も「すまなかった」と囁いた。

私はずず、と垂れてしまいそうな鼻水をすすり、子供みたいにしゃくり上げながら言葉を返す。


「だいじょうぶ。わたし、こんなことでオプティマスを嫌いにはならないよ」
「咲涼……!」
「……あとメガトロンさんに謝って。わたしの恩人だから」


オプティマスから助けてくれたのはメガトロンさんだ。普段は「邪魔だ人間!」などと手厳しいことばかり言う彼だけど、今回は私のためにオプティマスに怒ってくれた……ような気がする。

どちらにしても恩人であることに違いはない。


「メガトロン……すまない、迷惑をかけた」
『あぁ、本当にな。二度とこんなことを起こさないよう、さっさと原因解明することだ』


俺様の貴重な時間を奪いおって。
そう言い残してメガトロンさんは去っていった。


「本当にありがとうございました、メガトロンさん!」


去りゆく背中には叫ぶと、振り返ることもせずに軽く手を上げた。ダンディーだなぁ。

いやいや、それどころではない。彼の言うことはもっともだ。そもそも記憶喪失はどうして起こったのか? それを突き止めなければ、またこんなことが起きるかもしれない。


『最後に覚えていることは何かないのか、オプティマス?』
「確か……執務室に居た。いつも通り書類に目を通して……」


唸りながら記憶を辿るオプティマス。しばらく悩んでいたようだけど、「あぁ、そう言えば」と指を立てた。


「机の角に頭をぶつけたな」
「そういうことは早く言ってくれるかい!?」


ラチェットさんがすぐさま彼の頭を確認する。


「あー……かなり損傷してるな、これ」
「え……トランスフォーマーの体が机に負けちゃったの?」
「それは違う、咲涼。ヒューマンモードとは言えそこまで弱くはない」


私の言葉に間髪入れず反論するオプティマス。机に負けたのが嫌みたい。そうだよね、私の前ではかっこつけたいよね……と思うのは自惚れかな。


「彼の執務室は強固な素材で作っているんだ。椅子、机、壁や床なんかも。この医務室も同じことだがね」
「我々は力が強い。人間用の物では耐久性に難があるのだ」


確かに、ちょっと力加減を間違って毎日のように物を壊していたら経費も馬鹿にならないだろう。特別製だってことは初めて知った。


『で? 今回はそれが仇になったってわけか?』
「恐らくは。まさか机にぶつかったくらいでここまで損傷するとは思わんだろ……」


ラチェットさんは、ここまで来ると逆に感心するわ、なんて言い出しそうな声を出す。
どれだけの怪我なんだろう……見たいような、見たくないような……。


「記憶喪失になるのも頷ける。これが人間なら死んでいるぞ」
「ひぇ……」


やっぱ見るのやめとこ。


『俺らの体より強い机って何なんだ……』
「オプティマス、相当痛かったんじゃないか? どうして早く言わなかったんだ」
「いつの間にか痛覚センサーを切っていたようなんだ。だから分からなかった」
「なるほどな……普段なら“無闇にセンサーを切るな”と怒ったところだが、今回はそのままの方がいいかもしれないね」
「……そんなにもか?」


話を聞いてるだけで怖い。早く治してあげて!



──後日。ラチェットさんの治療法によってオプティマスの頭部の損傷はすっかり完治した!
例の強すぎる机は相変わらず執務室に鎮座しているらしい。彼がぶつけたであろう跡はしっかり残っていた。またぶつけないでよね……。


「ねぇオプティマス。昔は……人間も敵だったの?」
「敵、か……いや。私が地球に来たときから、人間は我々の仲間だ」


そうなの? 人間ってだけで、あれほど怒っていたのに。昔何かがあったとしか思えないけどなぁ。


「じゃあ、ミラージュさんってどんなひと? 男のひと? 女のひと? 今どこに居るの?」


私の質問に、オプティマスは珍しくきょとんとした表情を見せた。


「ミラージュ?」
「え、うん……記憶喪失だったときに、アーシー、ミラージュ、バンブルビー、って……言ってたよ……?」
「さぁ……オートボットに居る同志ならば、忘れるはずがないのだが……」






──お願い、助けてドクター!

(うそ、ちょっと待って。どうして最後にホラーみたいになるの? オプティマス、何とか言ってよぉ!)





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