トランスフォーマー

□Because they asked me to kiss you …… .
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『スポーツの試合を生で見たい!』


俺と一人の人間以外には誰も居ない一室。俺はピカピカの体で地面に座り込み子供のように駄々をこねる。それを聞いた愛しい恋人、咲涼は苦笑いをした。


「もう……そんなに行きたいの?」


咲涼の言葉にすかさず頷いた。


先日、サッカーのワールドカップが行われた。世間は連日熱気の嵐、ニュースで報道を見ない日はまずなかった。しかもアメリカが優勝を果たしたもんだから国民の歓びは最高。グッズが飛ぶように売れているとか。

関心はなかったものの、ただ基地にこもってるのも暇だから、タイミングが合えば仲間と共に試合中継を見ていた。
そうしてワールドカップ期間中に何となく日課となったスポーツ観戦に、いつの間にやらハマってしまっていたんだ!


それからというもの暇があればテレビにかじりついてスポーツ中継を見るようになった。見るのはサッカーだけでない。ベースボール、バスケットボール、アイスホッケー、アメフト。アメリカのメインスポーツは何でも見る。


しかし最近は画面越しじゃ我慢できなくなってきた。大会の情報をウェブで調べたり、若者がストリートでやるお遊び的なスポーツでも食い入るように見たり……。

そんな日々を過ごしていたが、とうとう限界が来て……冒頭に至るというわけ。
一回でいいんだ。俺は咲涼に訴えた。


『行きたい!』
「ふんふん、なるほど」


顎に手を当ててわざとらしく返事をする咲涼。彼女はカバンの中を漁り、紙切れを二枚取り出した。


「さて、サイドスワイプくん。これは何でしょう!」
『……ん?』


小さくて見えづらい。体を縮めて顔を近づけた。何かのチケットか? Major League Base Ball……え? メジャー、リーグ……ベースボール?


『ま、待て、咲涼、これ……これって!』
「えぇ、そうです。貴方の行きたがってた試合の観戦チケットです!」
『嘘だろっ!』


本物? マジで言ってる?

信じられない! って感じで咲涼を見つめると、「ヒューマンモードを作ってくれたラチェットに感謝しなきゃね」と笑みを浮かべた。

うわ、うわ、うわ! あぁ、ありがとうドクター! いつも心ん中でアンタに毒づいて悪かった、だって処置が痛てぇんだもん!


「ツーウェイプレイヤーが出る試合は人気だから確保するのが大変だったよ。何とか買えて良かった。良い席は取れなかったけど……」
『つ、ツーウェイプレイヤー!? あの!? そんな、観戦に行けるだけで十分嬉しいっ! 最っ高だ!』


イェェエエッ! なんてらしくない喜びの歓声をあげ、咲涼を抱いてクルクル回った。今なら美しいフィギュアスケーティングもできちゃいそうだぜ。


「ひゃっ、きゃあっ!」
『あぁ、マジで嬉しい!』
「こんなに喜んでもらえるなんて……良かった」


スパークが爆発しそうだ。咲涼は俺の手の中でにっこり笑った。


「ちなみに、日付は明日です。空いてるでしょ?」
『もちろん!』


用事があってもどうにか空ける!






そして迎えた翌日。スポーツ観戦に気張るのもな、と思いTシャツなどのラフな服装にした。いつもデートにはオシャレをしてくる咲涼も今回はシンプルな格好だ。
あぁ……だが彼女は何を着ても綺麗だな。ボーイッシュなキャップも似合ってる。


スタジアムは超満員。みんながビールやコークを片手に席につき、中心で真剣勝負を繰り広げる選手達を見つめている。


頑張れ! いけ! 走れーッ!
打たれた、走れ走れ、間に合う! よし、キャッチした! アウトだッ!


それぞれが思い思いの歓声を上げ、ホームもアウェイも入り乱れていた。子供も、大人も、男も女も関係ない。みんな試合に夢中になっていた。魅せられていた。

これが、熱気!


「すげぇ……! ありがとう、咲涼! こんな、こんな楽しいなんて……!」
「ふふ、どういたしまして!」


隣に座る咲涼はコークを一口飲んだ。
あー、この熱気の中飲み食いしたらどんだけ美味いんだろ。羨ましいぜ人間。俺もエネルゴンがありゃあなぁ。


やがてちょっとした休憩時間になった。するとスタジアムの巨大スクリーンに、カップルらしき二人の男女が映し出される。カップルはハートマークで囲まれ、Kiss Camという文字が添えられている。それを見た会場はわっと盛り上がった。


「咲涼、あれ何だ?」
「あぁ、あれはキスカムって言って、あぁやってスクリーンに映ったカップルとか家族がキスするの。スポーツ観戦とかでよくあるんだよ」
「へぇ……」


他人のキスなんか見て楽しいもんか? よく分かんねぇな。

だがカップルがキスする度、観客は拍手喝采で盛り上がっている。反対に、しなかった場合はブーイングが起こる始末。

……慣れると意外と面白いかもな。ま、興味はねぇけど!


「……あ」


咲涼の小さな声。スクリーンに目をやると、そこには俺達の姿が。

キスしろってか、上等だ!


「まさか私達が映るなんて! ほら、サイドスワイプ、キスしよ!」


ちょっと嬉しそうな咲涼の帽子を少しずらし、カメラに彼女の目元が映らないよう影にする。


「咲涼」
「ん? ……んむっ!」


ちゅ、と唇を重ねた。柔らかい。この唇は味わう度に俺を虜にする。夢中になって、するりと舌を割り込んで捕まえた。咲涼は林檎なんて目じゃないくらいに顔を真っ赤にしている。最後にちゅうっと軽く吸って唇を離せば銀の糸がわずかに繋がって、ぷつりと切れた。

周囲からは口笛と溢れんばかりの拍手喝采。Amazing、なんて感嘆の声が上がったり。


「咲涼、これでいいんだよな?」


ぷるぷる震える可愛い可愛い恋人に問う。彼女はキッと俺を睨んで叫んだ。


「やりすぎッ!」






──Because they asked me to kiss you …… .
(だってキスしろって言うからさ……。)


(それに咲涼が野郎共にチラチラ狙われてたの気付いてた? 俺みたいなイカした男が居るんだって見せ付けるチャンス逃すわけにいかないだろ?)






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