7番目の幻想
□つかの間の休息
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「ルタリスさん、起きてください!」
ルタリスはネーゲルに揺り起こされた。半分寝ぼけながら見た彼の顔には、少しいたずらっぽい笑み。
「おはようございます。と言っても、もうお昼ですけどね」
「あ…そうなの?」
「まさか英雄がぐっすり眠っている姿を見れるとは思ってもいませんでした」
「あ…そう」
そうか、それでこんな笑みを浮かべているのか。
ルタリスはくすくすと笑うネーゲルを見て納得した。
「あなたに会いたいという方が来ていますよ」
「え、私、寝起きだけど」
「問題ないです。それより人を待たせてしまう方が悪いですよ」
彼はそう言うと扉へ向かう。ルタリスはソファーから起き上がり、頭に手をあてた。どうやら髪形は崩れていないようである。
しかし、わざわざ自分に会いに来るとは一体誰だろうか。
部屋に入ってきたのは、スーツ姿の男性だった。彼と目が合った時、すでに慣れてしまったレベルの頭痛と共に、ぐっと懐かしさが込み上げてきた。痛みに額を押さえながらも、ルタリスは微笑む。
「リーブ、か」
「はい。ルタリスさん、お久しぶりです」
彼―リーブもルタリスに微笑んだ。
リーブは神羅の都市開発部門の統括で、ルタリスの友人だ。育ての親の1人とも言えるだろう。…それほど年は離れていないが。
「でも、どうしてリーブがここに? 今…仕事、特に忙しいだろう?」
「そうですね…今夜も会議の予定が入っています。ですが今は休憩中なので、あなたに会いに来ました」
「どうして、わざわざ私に?」
「あなたにお返ししたいものがあるんです」
リーブはそう言って持っていた紙袋をルタリスに差し出す。
「あ、これ!」
袋の中に入っていたのは、20センチくらいの黒猫―ケット・シーのぬいぐるみだった。ただ、他のケット・シーと違ってマントの色は濃い青である。
「私がリーブから貰った子だよね?」
「ええ。とても可愛がってくれていたようですね」
「あ! 僕、知ってます! ぬいぐるみを可愛がるあまり、任務にも持っていったんですよね?」
「おい、ネーゲル! やめてくれ」
恥ずかしいじゃないか! と言いつつもぬいぐるみを手放さないルタリス。
実は、ルタリスはぬいぐるみ好きという少女のような一面も持っているのである。
彼女はぬいぐるみをすみずみまで眺めると、何か思案するように口元に手をあてる。そして不意に面白そうに笑うと、リーブにあることを提案した。
「ルタリスさん! まさかお話できる日が来るなんて! ボク、嬉しいです!」
「「本当に喋った!」」
ルタリスとネーゲルの声が被る。2人は顔を見合わせると、くすりと笑った。そして机の上にちょこんとかしこまっている黒猫に視線を戻す。
ルタリスはリーブに、このぬいぐるみに命を吹き込む―インスパイアをしてほしい、と頼んだのだ。彼は快諾してくれて、すぐに行動に移してくれた。
「そんな驚かないでください!ルタリスさんがボクによくしてくれたこと、ちゃんと覚えてますよ!」
「そう? じゃあ…名前、覚えてるか?」
「もちろんです! ボクの名前はクラウンです!」
黒猫―クラウンは腰に手をあてて、誇らしげに答える。嬉しそうに笑ったルタリスはクラウンをそっと抱き上げ、肩に乗せた。
しかしちょうどいい大きさである。
「ねぇリーブ、この子貰っていい?」
「もちろんですよ。もともとあなたのぬいぐるみですから」
ネーゲルは、リーブが珍しくリラックスしていることに気づいた。
彼は自分にとって育ての親の1人のようなものだ。そんな彼がこんな笑みを浮かべているとは。ルタリスも彼に大切にされていたんだな、と思った。そのルタリスは相変わらずクラウンとじゃれている。
「よし! クラウン、改めてよろしく!」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします! ルタリスさん!」
「もう! さん付けはやめてよ」
英雄のこんな子どもっぽく無邪気な姿を知っている人はどれだけいるのだろうか。ルタリスを見て笑っていたら、リーブと目が合った。彼も笑っていた。
ルタリスとクラウン。確かに、これはいい相棒同士になりそうだ。