7番目の幻想

□既知と未知
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その黒い影の正体は、フード付きの黒いマントを羽織った男だった。ふらふらとおぼつかない足取りでルタリスに近づいてくる。
突然、男がルタリスに手を伸ばす。

「ルタリス…さ、ま…」
「なっ…!?」

ざぁっ…と全身が粟立った。
同時に、血の気が引いた。


――な…なぜ、私の名を…?


気づいた時には、男の手を振り払い、給水塔の反対側で荒い息をついていた。
苦しくなって、思わずしゃがみこむ。
どうしようもなく体が震える。止まらない。

「ルタリス!?」
「お姉ちゃん!?」
「おいっ! 大丈夫か!?」

驚きつつも心配してくれるクラウン、エアリス、バレットの声がずいぶん遠くから聞こえる。

ルタリスは首を横に振った。

怖い。どうしようもなく怖い。
ただ黒マントの男に名前を呼ばれただけなのに……


肩に手を置かれ、ルタリスはビクリとした。顔を上げてみると、何のことはない、クラウドだ。
彼は驚いたようにぱっと手を引いた。

「ルタリス…」
「ごめん。私、変だよな。本当につらいのは、おまえ達なのにな…」
「無理に笑おうとしなくていい。あんたは何も悪くないんだ」
「でも…」
「いいんだ。あんたは休んでてくれ。情報収集は俺達がやるから」
「…すまない」

クラウドは気にするなとでもいうようにルタリスの肩を軽く叩いた。


***


宿屋の部屋に入った後、ルタリスは開け放った窓から仲間達が村中を歩き回っているのをずっと眺めていた。
ルタリスのことを頼まれたエアリスとクラウンはそんな彼女を少し離れた場所から見守っている。

「…ねぇ、クラウン?」

エアリスがルタリスに聞こえないようにと、風に流されてしまいそうなほど小さな声で言った。

「何ですか?」
「きみ、全部知ってるんだよね? お姉ちゃんのこと」
「はい。何もかも、ってわけじゃないですけど、ほとんど知っています。でも…」
「でも?」
「あんなに怯えたルタリスは…初めて見ました」

ルタリスの苦しげな荒い息遣いがよみがえる。
しゃがみこんだ彼女の緑の瞳は、ひどく揺れていた。

クラウンはルタリスを見る。
心ここにあらず。
今のルタリスの状態はまさにそんな感じだった。

「やっぱり、お姉ちゃんの過去に関わってるの?」
「わかんないです。でも…無関係ではないと思います」

そっか…とエアリスは呟き、ルタリスに視線を移す。
心配。不安。そして、悲しみ。
彼女の緑の瞳にはそんな感情が浮かんでいた。

「私ね…なんか、怖いの」
「怖い? 何がです?」
「…お姉ちゃん、どこか行っちゃいそうで」
「ルタリスが?」
「うん…。
ずっと、思ってた。5年前、お姉ちゃんが私の家に来た時から。突然、ふらっといなくなっちゃいそうで…怖いの」

かたん、と椅子が動く音がした。
2人ははっとして窓の方を見る。

そこにルタリスはいなかった。
わずかにカーテンが揺れているだけだった。

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