15番目の幻想

□何気ないその仕草 Cor
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「あ、コル!」
王都城の一角。
ステラは正面からコルがやって来るのに気づくと、軽く手を振った。
「ああ、ステラか」
「任務お疲れさまです!」
ぺこりと頭を下げたステラに、コルはふっと微笑む。
「ああ、わざわざ悪いな」
「ううん、いいの。私が勝手にやってるんだから」
屈託なく笑うステラを見て、コルはいつの間にこんなに成長したのかと内心嬉しく思った。
彼からすると、ステラは弟分のラディウスの娘、つまりは姪のような存在である。
ここしばらくは面と向かって話すことがあまりなかったから、なおさらそう感じられた。
ふいに、ステラは眉根を寄せる。
「今回の任務はなかなか厳しかったってマーラから聞いたけど…」
「そうだな。数人、重傷者が出た」
「コルは大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「…でも、疲れてる」
ステラは少し悩むようなしぐさをした後、小さくコルに手招きをする。
何か話でもあるのかと思い、コルがしゃがみこんでステラと目線を合わせた、その時。
一瞬、唇に柔らかいものが触れた。
それと同時にふわりと身体に温かいものが広がるのを感じ、コルは自分に何が起きたのかを瞬時に察した。
ステラが自分にキスをしたのだ。
しかも唇。
コルは不死将軍の異名に似合わず動揺していた。
「ステラ…なぜ…?」
目の前の紫の瞳を見つめると、ステラははにかんだ笑みを浮かべた。
「えっと…女神の加護だって言ってたから、あの…コルの力に、なれるかなって思って…」
「…マーラか」
「…うん」
コルは盛大にため息をつく。
ステラは、同じ言詠みでコルの姉マーラから、言詠みのキスは女神の加護だということを聞いたらしい。
確かにそれは迷信などではなく紛れもない事実で、実際に今さっきステラから温かい力を受け取ったばかりだ。
「でも、いざやってみると…やっぱり恥ずかしい…」
「…それはそうだろうな」
「あー、誰も見てなくてよかった…」
「もしかして、初めてだったのか?」
「うん。自分が言詠みだって意識してやったのは初めて!」
「そうか…」
コルはようやく立ち上がると、ステラの頭を撫でる。
ステラはくすぐったそうに笑う。
「初めてがオレでよかったのか?」
「もちろん!コルには私も父さんも、いつもお世話になってるから」
「…とても10歳とは思えんな」
「え、だって私は言詠みだし、それに…」
ステラは一度言葉を切ると、満面の笑みで真っ直ぐにコルを見つめる。
「スキエンティア家の子どもだから!」
はっきりと誇らしげに言い切ったステラを見て、コルはラディウスを羨ましく思った。
ラディウスは本当にいい娘を持った、と。
「そう言えば、立ち話なんてしてていいのか?」
「あ、そうだね。早く母さんのとこに戻らなきゃ!」
じゃあまたね!と笑顔で手を振って駆け出すステラに、コルは微笑んだ。


この後、執務室で言詠みの力について口論をするコルとマーラを、たまたま部屋を訪れたラディウスに止められるのは数分後の話。


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