ニョルド

□君の全てを僕にちょうだい
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妻のミヨンが消えたのは、いつもと変わらない秋晴れの日のことだった。

「今日は少し遅くなるけど、心配しないでね。」

仕事を持っているミヨンが遅くなるのはいつものことだっから、じゃあ帰る前に連絡してと玄関先で別れたのが最後だった。

けれど、日付けが変わってもミヨンは戻らず、ミヨンの同僚に「ミヨンは定時退社したわよ?急いでるみたいだったけど。『どうしてもきちんと話し合わないといけないことがあるの。』って言ってたっけ…。」と、謎な言葉を残して、行方が分からなくなってしまった。

「チャニョル…久しぶり。姉さんの事は聞いたよ。」

手当たり次第にミヨンの知り合いに連絡をしていた俺の前に、ミヨンの双子の弟のギョンスが現れた。

「血を分けた僕の姉さんの事だから、僕にも協力させて。」

すっかり憔悴していた俺に、ギョンスの申し出はとてもありがたかった。

けど、ギョンスと会うのは俺とミヨンの結婚式以来だから、かれこれ2年は経っている。

それに、結婚する時になって初めて弟であるギョンスの存在を知ったぐらいだ。

失踪前にミヨンがギョンスについて語っていた事は、「あの子は何でも私の物を欲しがるの。物であろうとそうでなかろうと。」ということだった。

俺は、双子だから相手の事が気になるだけなんじゃないの?と笑ったけれど、ミヨンは曖昧な笑顔でため息をつくだけだった。

けど、俺なんかより弟であるギョンスの方がミヨンについてはある意味よく知っている。

それに、心底心配そうな表情を浮かべているギョンスを見て、俺はミヨンが話していたギョンスについてのいくつかの事を頭の隅に追いやった。




「チャニョルってカッコいいよね。」

ミヨンの行方を調べはじめてしばらく経ち、ギョンスと気心が知れる様になってきた頃、おもむろにギョンスはそう言った。

女性から言われる事は多かったけど、男から面と向かって言われることは初めてで、俺は少し面食らった。

ただでさえ大きい瞳が、狙うかの様に俺の瞳を捉える。

「僕はずっと姉さんが羨ましかったよ。」

そう笑うギョンスの気持ちは、俺には計れなかった。

それからしばらくしても、ミヨンの行方は相変わらず分からなかった。

時間が経つ毎にギョンスと過ごす時間も多くなっていった。

気のせいだと思いたいけれど、俺の目にはギョンスは心配…と言うよりは、段々と嬉々としている様に見えてきた。

ある夜、俺はギョンスと約束をしていたにも関わらず、うっかりうたた寝をしてしまった。

そっとリビングのドアが静かに開く気配を、夢現に感じた。

ああ起きなきゃ…。

「チャニョル…寝てるの?」

ギョンスがそっと俺に囁く。

その口調にいつもと違う湿度を感じた俺は、なぜか返事ができなかった。

ギョンスは返事の無い俺が、すっかり寝ていると思ったらしい。

そっと俺の寝ているソファーに近寄り、屈む気配がした。

「…本当にキレイ。」

ひんやりとした手が俺の頬を滑る。

「姉さんには勿体ない。」

その瞬間、全てをギョンスは知っている─そう確信した。

その日から、俺はギョンスの事を調べ始めた。

ギョンスはミヨンと幼稚園から大学まで同じ、まさかとは思ったけれど、学部まで一緒だった。

そして驚いた事に、支店は違うものの就職した会社まで同じだった。

何でそこまで姉であるミヨンに執着していたのだろうか…。

ギョンスとミヨンの共通の友人であるベッキョンを、結婚式の参列者のリストから何とか探し出して話を聞くことができた。

「…ギョンスのことについて聞きたい?」

「そうです。ギョンスの事を知ることで、失踪したミヨンのことが分かるはずなんです。」

「失踪?」

事情を話すと、ベッキョンはしばらく黙っていたが、やがて決心した様に口を開いた。


「これから話す事はお前の気を悪くするかも知れないけど、全部事実だから最後まで聞いて欲しい。」

「…分かった。」

「あと、ギョンスには俺から聞いたとは言わないでくれ。」







その夜、俺は意を決してギョンスに全てを問いただす覚悟を決めた。

そして、ミヨンを返して欲しいと乞う為に。


ベッキョンは、ミヨンとギョンスの幼なじみだった。

双子の上に兄が居たこともあり、女の子を望んでいた双子の両親から、ミヨンは望まれて生まれてきた。

ギョンスはと言うと、1人だと思っていた子どもが2人、しかも男の子ということで、両親はそれ程望んでいたわけでもなかったという。

加えて優秀だったミヨンは、両親から可愛がられていたそうだ。

ベッキョンはそんなギョンスの話し相手によくなっていた。

そんな中、次第に増えていくようになった言葉は、『僕と姉さんは双子だから、何でも分け合わなくちゃいけないのに。』だったという。

それから、次第にギョンスの言葉は現実に起こる様になっていった。

ギョンスは何でもミヨンの物を奪っていった。

持っている物も、学歴も…そして、恋人も。

相手は男だろうと関係無い…むしろ男なのに奪うことを楽しんでいた節があったそうだ。

ベッキョンはそこまで話してため息をつくと、俺の顔をじっと見つめた。

「俺はミヨンも心配だけど、チャニョル、お前も心配してんだぞ。」

「え?」

「気を付けろ。1番お前がギョンスに狙われてるんだから。」



「何か考え事?」

気が付くと、いつの間にか俺の横に音も無くギョンスが立っていた。

「あ…いや…。ちょっとギョンスに話したい事があって…。」

「そう。ならその前にコーヒー淹れるよ。」

「ありがとう…。」

手際良くコーヒーを淹れるギョンスを見つめながら、俺はどう切り出そうかと悩んでいた。

「はいどうぞ。」

差し出されたコーヒーを俺が口にするのを見届けると、ギョンスはニヤリと口角を上げた。

「話ってさ、僕の本当の姿にのこと?」

「…っ。」

「大方、ベッキョン辺りに聞いたんでしょ?あいつ口が軽いから…。まあそろそろチャニョルが勘づく頃だと思ってたから、別にいいけどね。」

「何で…、ミヨンは一体どこに行ったんだ…。」

ふふっとギョンスは笑うと、頬杖をつきながら俺の顔をうっとりと眺めた。

「そろそろ効いてきた頃かな。」

どうしてと問い詰めようとしたが、視界が霞んで上手く焦点が合わない。

「何を言って…。」

俺の手からテーブルに滑り落ちたマグカップからコーヒーがつたって、ポタポタと床を濡らしていく。

俺はその光景を、まるでテレビの中の一場面の様に呆然と見つめていた。

「姉さんはずるいよね。双子なのに何でも一人占めして。チャニョルなんて結婚されちゃったから、どうしようもなかったし。こんなにキレイなのにね。」

そう言うと、ギョンスは立ち上がった。

俺の前に立つと、あの時と同じ様に冷えた手を頬に滑らせ、そして親指で唇を撫でた。

「そう、双子だから何でも分け合わなくちゃ。」

Fin.



ミヨン⇒パニ先輩の本名です(笑)
パニ先輩、チャニョルを可愛がってくれているイメージがあったので、特別出演してもらいました〜。
ギョンスとは全く顔が似てませんが(笑)

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