ニョルド

□君の瞳の中の宇宙
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ミンミンとうるさい蝉の鳴き声のする坂道を汗だくで自転車で登ると、君の「住む」白い建物が見えた。

「ギョンスおはよー!今日も暑い!」

ガラリとドアを開けると、ひんやりと涼しい冷気が俺を包む。

「おはよう。今日も暑そうだね。チャニョル、また焼けた?」

「そっかな?まあチャリ通だからな〜。」

「それに汗だくじゃん。これ飲みな。」

クスっと笑いながら俺にジュースを差し出したギョンスの腕は、この暑い夏には似つかわしくないぐらい白くて細い。

俺はその腕を見ると、罪悪感を感じて無意識に目を逸らしてしまう。

「…ありがと。」

ギョンスと俺は、幼なじみだった。

幼稚園から高校まで一緒で、小さい頃からずっと傍に居たし、これからもずっと一緒だと思っていた。

去年の夏から、ギョンスは度々原因不明の発熱に悩まされるようになった。

それまでは病気一つしたことのないギョンスだったから、きっとすぐに元気になる…そう思っていた。

けれど、授業中に意識を失って倒れたギョンスは、そのまま即入院になって今に至っている。

「チャニョル君には言わなきゃいけないんだけど…。ギョンスの病気は重くて、もう治ることもないし、長く生きられないってお医者様から言われたの…。」

そう言って泣き崩れるギョンスの母さんの横で、状況を飲み込めない俺はただ呆然とした。

ギョンスが死ぬ?

それはあまりにも俺にとっては非現実的な現実だった。

ギョンスにはその事を知らせていないらしく、とにかく治療に専念するということで入院になったと説明していると、ギョンスの母さんは言った。

そして、俺はこうして1年間なるべく毎日ギョンスの元に通う様になった。

「…ル…チャニョル…!聞いてる?」

「あ…悪い、ボーッとしてた。」

「何?暑くてぼんやりしちゃった?」

苦笑いを浮かべるギョンスの手には、雑誌が握られていた。

「何それ。」

「あ、これ全国のプラネタリウム特集。幼稚園の頃に遠足で行って以来だから懐かしいなって思ってさ。」

「あ〜、あの時確か俺達こっそりおやつ食べて先生に怒られたよな〜。」

「それはチャニョルが勝手に食べて怒られたんでしょ。」

「ギョンスも便乗してたでしょ!って、それで少し外泊できそうなの?」

「…いや、ダメだって。だからこうして雑誌を見てるだけ。」

ギョンスは、悲しそうにベッドに腰掛けた。



その夜、俺は何とかギョンスをプラネタリウムに連れて行く方法を考えていた。

外泊が無理だと医者に言われているなら、どうしたらいいんだ…。

頭を抱えてながらネットを見ていると、ある記事に目が止まった。

そうだ!これだ!



「ギョンスー!!」

「どうしたの?こんな時間に…。今日はもう来ないかと思ってたけど。」

「ちょっと色々と探しててね…。ギョンスはちょっとベッドに座ってて。」

いぶかしがるぎょんすを横目に見ながら、俺は抱えてきた箱からある物を取り出し、テーブルの上にセッティングした。

そして、カーテンを閉めて部屋の電気を消す。

「じゃあギョンス、いくよ。」

カチリとボタンを押すと、病室の天井に星座が浮かび上がった。

「わぁ…。」

ギョンスは大きい目を更に見開いて、まるで小さな小宇宙に驚いた。

「プラネタリウムに行けないなら、ここをプラネタリウムにしちゃえって思ってさ。」

「…。」

無言のギョンスを振り返ると、その黒い大きな瞳には、照らし出されたライトが映し出されて、スノードームの様だった。

心なしか、それがゆらゆら揺れている様に見えた。

「…ありがとう、チャニョル。」

「…うん。小さくてごめんね。」

「ううん。いいんだ…。ねぇチャニョル。」

「何?」

「これから、僕の代りに宇宙でも何でも、この世の全ての美しいものを沢山見てきて。」

「ギョンス何言って…。」

「約束だからね。」

「…分かった。」

「何泣いてんの。」

「え?」

頬をつたう涙を、ギョンスは笑いながらそっと拭ってくれた。

「僕、ずっとチャニョルが僕に対してごめんねって思ってること知ってたよ。自分だけ元気でって。でも、気に病まないで。」

「ギョンス…。」

「僕も何でこんな病気になったんだろうって思うこともあったし今でも思うけど、沢山大切な事にも気付けたよ。ひとつひとつが今日みたいに大切な一瞬だって。」

そっとギョンスは涙を拭った手を俺の頬に添わせた。

「僕の宇宙は全部チャニョルだから。」

そう言うギョンスの瞳からも、星屑の様な涙がこぼれ落ちた。



fin.

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