ニョルド

□キスまでの距離
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「はぁ…今日もダメだった…。」

俺は1人、夜の公園で頭を抱えていた。

何がダメだったかと言うと…。

「またギョンスとキスできなかった…。」

同じクラスのギョンスとは付き合い始めて1ヶ月で、俺の一目惚れだった。

男に恋するのなんて初めてで、でも姿を見ただけで、声を掛けてもらえるだけで舞い上がって、この気持ちを抑えることなんてできなくて。

ダメ元で告白すると、こちらが疑う程あっさりとOKをもらえて、もう天にも登るような気持ちだった。

…までは良いとして、問題はそこから先だった。

まずは付き合って3日目、みんなの見ていない場所でさり気なく手を握ってみた。

「…嫌?」

「ん…。嬉しい…。」

ギョンスは驚いた顔をしていたけど、はにかんだ笑顔で照れて俯いて、あわや俺がキュン死にの寸前にまで追いやられてしまった。

そして付き合って1ヶ月、そろそろキスも許してくれるんじゃ…と期待していた俺が甘かった。

まずはある日の放課後、2人で教室で他愛もない話をしていた時だった。

話が途切れて、少しの静寂が訪れた。

俺は意を決してギョンスとの距離を詰めた。

ギョンスの座ってる机に手をかけ、夕日で照らされたその頬に俺の顔が近付き、影を落とす。

あと数センチというその瞬間─。

「あっ!僕、明日までの委員会の資料のコピー忘れてた!ごめん!先に帰ってて!」

「は?えっ?あっ、うん…。」

慌てて教室を出ていくその背中を、俺は引き止めることができなかった。

…きっとこれは気のせいだ、そう、たまたまギョンスは急ぐ用事を思い出しただけで、タイミングが悪かっただけなんだ。

俺はそう自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせた。

それからまた数日後、今度は2人でフラペチーノのを飲みながら帰っていた時だった。

ギョンスの口の横に、俺にとっては好都合な事にフラペチーノのクリームが付いた。

よし、これは「クリーム付いてるよ。」の流れで自然とキスに持ち込もう!

「ギョンス。」

「ん?」

少し身長差のあるギョンスが俺を上目遣いで見上げるその表情に、また俺がキュン死に寸前だ…。

じゃなくて!

俺は勇気を出してギョンスの口元に手を伸ばした。

「口の横にクリーム付いてる。俺が…。」

「あ、ありがと。」

俺の言葉が終わらない内に、光の速さでハンカチで口元を拭かれてしまった。

ギョンス用意良すぎでしょ…。

「いえ…どういたしまして…。」

何だろう。何かやっぱりあるんだろうか…。

俺は一抹の不安を感じずにはいられなかった。

そしてこれは今さっきの話。

俺は帰りはいつもギョンスを家の近くのこの公園まで送り届けている。

日が暮れて人も疎らな時間で、これはさよならのキスという流れでいけるんじゃ…。

「いつも送ってくれてありがと。僕男だし、大丈夫なのに。チャニョル、少し遠回りになるのに…。」

そういう気遣い屋なとこが、ギョンスの良い所なんだよな…。

「何言ってんの。少しでもギョンスと一緒に居たいし。」

足を止めて、ギョンスと向かい合い、肩に手を置く。

その厚い唇が、俺を誘惑する。

そして、そっと引き寄せた瞬間─。

バサッ。

ギョンスのカバンが落下し、地面にプリントやらペンケースの中身やらが散乱してしまった。

「わぁっ!ゴメンね!」

「いや、大丈夫だけど…。ペン全部ある?」

「うん、全部拾えたみたい。」

もちろん、その後はそんなムードにもならず、じゃあまた明日とその華奢な背中を見送った。

…やっぱり俺、避けられてんのかなぁ。

こうもタイミングを計られた様にキスできないなんて、そうとしか思えない。

考えてみたら、そもそも付き合う時点であんなにあっさりOKもらえたのだって、俺の押しが強くて、断るに断れなかったのかも知れないし…。

はぁ。

ブランコに揺られながら、夜空を見上げる。

俺とギョンスのキス…いや、気持ちの距離は、実は地球と月程あるんじゃないだろうか。

翌日、天気も良かったから、ギョンスとお昼を屋上で食べようということになった。

ちらりと見た横顔は曇りの無い笑顔で、昨日の俺の悩みはやっぱり気のせいだったんだろうかと思った。

「はぁ、本当に良い天気だね。このままここで眠れそう。」

ギョンスはそう言うと、目を閉じてコロンと仰向けに寝そべった。

もう、どう考えても俺のこと誘ってるとしか思えないんですけど…。

昨日の不安な気持ちが過ぎるけれど、俺は意を決してギョンスに顔を近付けた。

「…っ。」

俺の気配に気付いたギョンスは、咄嗟に顔を逸らした。

やっぱり、俺のこと恋人っていう目で見てなくれていなかったんだ…。

ギョンスの咄嗟の動きに、あぁやっぱりとショックを受けた。

「…ごめん。男の俺にされるのなんて嫌だよな…。俺が無理に付き合ってなんて告ったから、ギョンスに無理させてたよな…。」

俺はギョンスからそっと離れた。

あ、ヤバイ。涙出そう。

「ちがっ…、そうじゃないっ…から。」

そう言うと、ギョンスは震える手で俺の腕を掴んだ。

「え?」

「緊張するんだよ…。あまりにもチャニョルがカッコ良すぎて…。近付かれると心臓がバクバクして破裂しそうで…。それに、チャニョルは一目惚れしたって言ってくれてたけど…それは僕も同じだから…。」

わ…わ…わ…何それ!!

「ギョンス!チョー可愛いんですけど!!」

「わぁっ!?」

気付くと、俺はギョンスを再び押し倒していた。

そうだ、俺自身が不安なのと、ギョンスが咄嗟に隠していたこともあって気付かなかったけど、真っ赤になるその顔、潤んだ瞳、ギョンスの全てが俺を好きって言っている。

地球と月程離れていると思っていたギョンスと俺のキスまでの距離は、実は0だったんだ。

「我慢した分、いっぱいちょうだい。」

「…///うん。」


その次に進むのは、もう少し後のお話。


Fin.

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