ニョルド

□明日はきっといい日になる。
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「ぱぱぁ、遅れちゃうよ〜。早く〜。」

「ちょっと待ってセフナ、お弁当入れなくちゃ。ほら、靴はいて。かばんも持って。」

「はぁい。」

僕とセフナの父子家庭の朝は毎日慌ただしい。

かれこれ奥さんを亡くしてから1年程こんな生活を続けているが、未だに要領よくとはいかず、奥さんは本当によくやってくれていたなぁと感心する。

奥さんとは大学時代からの付き合いで、卒業して結婚をした。

そして、セフナが生まれて何もかもが順調で幸せな家庭だと思っていたが、奥さんが交通事故で突然亡くなってしまい、その幸せが一変してしまった。

ようやく3歳になったばかりのセフナと2人ぼっちになってしまった僕は、途方に暮れるばかりだった。

両親や親せきからは、僕が子供を抱えて生きていくのは大変だから、セフナを養子に出したらどうかという話もあった。

けれど、奥さんに申し訳なかったし、何よりたった一人の血を分けた息子のセフナを手離すなんて考えることができなかったから、父子家庭で頑張ろうと決めた。

とは言え、仕事をしながらの子育ては想像以上に大変で、自分で決めたこととは言えしんどかった。

それでも頑張って来れたのは、セフナと彼の存在だった。

「ちゃのるせんせ、おはよーございます。」

「こらセフナ、チャニョル先生だよ。」

「あはは、いいですよ〜ギョンスさん。おはよう、セフナ。」

「彼」とは、セフナの担当の保育士であるひよこ組のチャニョル先生のことだ。

長身でいわゆるイケメン、何で保育士をしているのかというモデルの様な容姿で、ママさん達からの人気も高い。

けれど、僕がチャニョル先生を信頼しているのはそういう理由ではなく、僕たち親子にとても親身になってくれるからだ。

例えば、「ママ友」の輪に入りづらい僕の育児の相談に乗ってくれたり、急な延長保育にも嫌な顔せずに快く引き受けてくれたり、毎日困ってることはないですか?と声を掛けてくれたり…右も左も分からない僕を唯一身近で支えてくれる存在がチャニョル先生だった。

そして、奥さんやセフナに申し訳ないことに、チャニョル先生のそんな人柄に惹かれていっている自分が居た。




「ねえ、ぱぱぁ。」

「何?セフナ。」

「ちゃのるせんせいもぱぱになってほしいの。」

「え?どういうこと?」

「ぱぱも大好きだけど、ちゃのるせんせいも大好きなの。だから、ちゃのるせんせいもぱぱになってくれたらいいのにって思ったの。ちゃのるせんせいに言ったら、ぎょんすぱぱがいいって言ってくれたらいいよっていってくれたの。」

「セフナ、チャニョル先生にそんなこと聞いたの?」

「うん。きっとぱぱもちゃのるせんせいのこと大好きだよって言った。」

「…。」

無邪気にそんなことを聞いてしまう子供とは本当に恐ろしい…しかもセフナに僕の気持が伝わっていることもびっくりしたし、きっとセフナに合わせてくれているんだろうけど、チャニョル先生の答えにもどきどきしてしまった。


翌朝、少しぐずるセフナを連れてやや遅刻気味に保育園に向かうと、いつも通りの笑顔でチャニョル先生に出迎えられた。

昨日のこともあって、少しドギマギしながら挨拶をした。

遅刻気味で良かった…と内心ほっとする。

「あの、セフナが少しぐずっちゃって…。遅くなってしまってすいません。」

「大丈夫ですよ。ギョンスさん、今日もお仕事頑張ってきてくださいね。」

「はい、お願いします。」

本当に遅刻しそうだったのもあり、セフナを預けて僕は慌てて会社に向かった。

日中の一番忙しい時間帯を過ぎ、ホッと一息ついたところで、スマホが震えるのに気付いた。

ディスプレイ画面には「保育園」の表示が出ており、慌てて電話に出ると、セフナが高熱で痙攣を起こして病院に運ばれたとのことだった。


「セフナ!!」

病室のドアを開けると、そこにはベッドの上ですやすやと眠るセフナと、心配そうに付き添うチャニョル先生が居た。

セフナの無事な姿を見た瞬間、僕は座り込んでしまった。

「ギョンスさん、安心してください。セフナは今は熱が下がって大丈夫だそうですよ。念の為に一泊入院した方がいいそうですが…。」

「良かった・・・。朝セフナの様子がいつもと違うって思ってたのに…僕のせいだ…。」

僕が遅刻しそうだからって慌てずにきちんと熱を計れば…と、自分の不甲斐なさに涙がこぼれてきた。

やっぱり一人じゃセフナを育てられないの?セフナが辛い思いをするの?頑張ってきたけれど、幾度となく巡ってきた暗い思いがまた僕を支配する。

「大丈夫ですよ。ギョンスさんは十分頑張ってます。だから自分を責めないでください。」

ふわりと温かいぬくもりに包まれたかと思うと、チャニョル先生に抱き締められていた。

まるで子供をあやすかの様にぽんぽんと軽く背中を叩いてくれていて、苦しい気持ちが吸い取られるようだった。

「セフナもギョンスさんも親子だからやっぱり似てますね。お互いがお互いを大切に思っていて、とても頑張り屋さんで…。もっともっと二人ともお互いを頼って、周りにも頼ってください。僕にももっと頼ってください。」

「辛かった…です…。母親の分もセフナをしっかり育てなきゃって…思ってきたけど…色々いっぱいで…。セフナにも我慢させちゃって…。」

今まで気を張ってきたせいか、チャニョル先生の言葉で一気に涙があふれた。

チャニョル先生は、何も言わずに僕の話を聞きながら優しく抱きしめてくれていた。

「ぱぱぁ…。」

「セフナ?!大丈夫?!」

「うん。」

「ほら、寝てなきゃ。」

「あのねぱぱ。」

「何?」

「ぱぱはがんばりやさんで大変だから、やっぱりちゃのるせんせいもぱぱになって欲しいって思ったの。」

「こんな時に何言ってんの…。」

「良いですよ。」

「へ?」

慌ててセフナを寝かそうとしていたが、思わぬ言葉に振り返ると、真剣なチャニョル先生と目が合った。

「やっぱり不器用で一生懸命なギョンスさんを放っておけないし、上手く言えないけど、幸せにしたいって思うんです。」







「ぱぱぁ。お手て繋いで。」

「どっちのパパがいい?」

「もう、意地悪言わないでよ…。」

「どっちも!」

「じゃあ、右手がギョンスパパで、左手がチャニョルパパね。」

「うん!」



fin.

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