ニョルド

□Going Crazy
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「ちょっと…待ってよチャニョルっ…あぁっ!」

「待てるわけないじゃん、こんなに美味しそうなのに。」

僕の制止を聞かず、チャニョルは僕のシャツに手をかけ、舌先で首筋を辿る。

ぞくぞくするのは、僕の本能がチャニョルは危険だと告げているのか、それとも快感なのか…いや、両方だろう。

ぶるりと身震いをして、僕を壁際に追い詰めたチャニョルを見上げると、普段は茶髪に黒い瞳が、鮮やかな紫色の髪とブルーの瞳に変化していた。

これは『ギョンスが欲しい』という合図だ。

幼なじみのチャニョルはヴァンパイアで、僕は代々ヴァンパイアの番(つがい)の一族として生を受けた。

ヴァンパイアは一般には日光の下では生きられず、人の血液を糧に生きている妖怪…と思われているが、チャニョルの一族はいわゆる亜種で、日光も平気だし、常に血液を必要としているわけでもなく、寿命も人間と同じなので、一般社会に溶け込んで生活しているのだ。

じゃあ何で番が必要かと言うと、月の満ち欠けと同様に彼らにもバイオリズムがあり、新月の夜に吸血するという本能に抗えないからであり、月に一度の吸血に耐えられる特殊な体質を持った僕の一族があてがわれたのだ。

そう、今のチャニョルみたいにヴァンパイアの本能が解放されると、髪の毛や瞳の色が変化する。

「ギョンス…いっぱいちょうだい。」

チャニョルはそう言って妖しく笑うと、僕の唇を貪るように奪った。

「んんっ…!」

酸欠で朦朧とする意識の下で、チャニョルが「ごめんねギョンス。」と呟く声が聞こえた様な気がした。

酸欠で痺れた手を取り、チャニョルは僕をゆっくりベッドに押し倒す。

獲物に快感を与えることで、恐怖が和らいで吸血しやすくなるからだ。

「ごめんねギョンス。」

吸血する時、理性と本能の間で揺れるチャニョルが、こうやって交互に現れる。

僕がお前の番だとチャニョルに初めて引き合わされたのは、確か五歳の時だった。

「ギョンス…?…仲良くしてね。」

当時は番の意味も分からなかった。

ただ、大人の影に隠れていた内気な男の子を僕が守っていかなきゃいけないんだなって思った記憶がある。

そして、成長していく内にチャニョルを守らなきゃという感情が「好き」という気持ちに変化していることに気付いたのは、高校生の時だった。

ヴァンパイアの本能が目覚めるのは思春期の時期で、チャニョルの本能が目覚めたのも高校生の時だった。

チャニョルが「ギョンスの全てが欲しい。」と苦しそうに言われたあの時、僕は迷わずチャニョルに全てを捧げようって決めたんだから。

チャニョルは、あの時から僕の吸血をする度に、僕を抱いた後に、一人で泣いてることを知ってる。

番の僕に過酷な運命を押し付けたって。

でも、番の一族にも掟があって、僕にも相手を選べる権利や拒否する権利もあるのだ。

だから、僕はチャニョルと一緒に生きていくことを選んだんだよ。

僕に背を向けて震える背中に耳を当ててみる。

とくん。とくん。

僕と同じペースでリズムを刻む心臓。

その為に僕が居るんだから。

「泣かないで。」

そう囁くと、広い背中がピクリと揺れる。

「…愛してるから。」

「ギョンス…。」

元の茶髪に戻ったチャニョルは、初めて出会ったあの日と同じ様な純粋な目で僕を見つめる。

「僕だけのヴァンパイア。」



fin.

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