セジュン
□嘘と真実と少しの愛と
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パシン。
乾いた音と共に頬に痛みが走り、口の中にじわっと血の味が広がる。
「私の婚約者、男のあんたに寝取られたなんて信じらんないっ…。絶対許さないから!」
半狂乱で叫ぶ見知らぬヌナに、周りの好奇の視線が刺さる。
『あぁ…またやっちゃったかな。』
切れた唇の端をペロっと舐めながらヌナを見ると、青ざめたまま息を呑むのが伝わってきた。
「俺は別に彼に何もしてませんし、何とも思ってませんよ。…あなたの婚約者が俺に執着してるだけですから。」
そう言うと、ヌナはその場に泣き崩れた。
哀れなヌナ。
でも、俺の心はこれっぽっちも傷んでなんかいなかった。
俺にとってヒョン以外の人間は、寝ようとどうしようとも、恋でも愛でもない遊びだから。
「ギョンスヒョン、久しぶり。」
カウンターに座って1人飲んでるヒョンの隣にかけると、久しぶりと言いながらスマホをポケットにしまった。
ちらっと見えたロック画面には、ヒョンと彼女の笑顔のツーショットが映し出されていた。
ズキリと感じる胸の痛みを隠そうと、何でもないフリをしてジントニックを一気にあおった。
ヒョンの視線を感じて振り向くと、俺の口元をじっと見つめていた。
「何、その傷。」
「ん?何か『私の婚約者、男に寝取られたなんて信じらんない』って急に平手打ちされた。」
そう言うと、ヒョンは『またか』と呆れた様に苦笑いした。
昔から、ヒョンには何でも話してきた。
ヒョンへの気持ち以外は。
ヒョンは優しい。
俺がどんなに相手に酷いことをしていても、見捨てることなく『セフナには幸せになって欲しい』と繰り返し言ってくれる。
『僕と』と言ってくれる事は無いけれど。
「…。いい加減、誰かに落ち着きなよ。」
「じゃあ、ヒョンとならいいや。」
「『じゃあ』って何だよ。セフンみたいなワガママ、僕はゴメンだね。」
「俺、付き合ったら結構尽くす方だよ?」
「セフナが言うと、全然説得力無いし。」
「誰のせいでこんなになったと思ってんの?」
「そんなこと知る訳ないだろ。」
「…ヒョンのバカ。」
俺の目には、どんなに綺麗な人間が現れても、ヒョンしか見えていないのに。
珍しく酔いが回って、気が付くとカウンターに突っ伏していた。
「セフナ?こんな所で寝ちゃダメでしょ。」
ふて寝を決め込んだ俺は、そのまま寝たフリを続ける。
はぁと溜息が聞こえたかと思うと、フワリとヒョンのジャケットが背中にかかる気配がした。
「全く…セフナは昔っから手が焼けるな。けど、お前はどんなでも幸せになって欲しいんだよ。大切な弟だから。」
頭を撫でるその小さ目なヒョンの手の温かさに、涙が溢れた。
「ヒョンのバカ…。」
俺はもう一度、ヒョンに聞こえない様にそう呟いた。
fin. or to be continued...