セジュン
□嘘と真実とたくさんの愛と
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嘘と真実と少しの愛と」の完結編です。
タバコをくゆらせる度に、「体に悪いからやめなよ」とたしなめるヒョンを思い出す。
隣に居る男は、俺がタバコを吸っていても様になるねと言う。
「セフナ、タバコ少し増えてるんじゃない?」
ひょいと俺の手からタバコを取り上げたかと思うと、この男─ジュンミョンは自分が吸い始めた。
「あんたには関係ないでしょ。」
「冷たいなぁ。何イライラしてんの?」
手持ち無沙汰になった右手で前髪をかき上げると、ジュンミョンはあははと笑った。
「ま、元気出しなよ。」
そう言って俺の頭を撫でるジュンミョンとは、バーで声を掛けられたのがキッカケだった。
歳は俺より3歳上で、大手企業の営業をしていて、一応はフリーらしい。
俺に分かっているのはそれだけで、掴みどころの無い不思議な男だった。
ジュンミョンは、些細な俺の変化によく気付いて声を掛けてくれるが、余計な詮索はしない。
会いたい時に電話かカトクを送って会う。
そんなジュンミョンとの関係は心地良くて、俺にしては珍しく、かれこれ2年程こんな関係を続けている。
「…片思いしてる彼のこと?」
「…え?」
ジュンミョンからこんなことを聞いてくるのはかなり珍しい。
確かに、過去の恋愛話になって、少しだけギョンスヒョンの事を話した記憶はある。
けれど、酔った席での話だったし、それこそ俺がヒョンの事を話したくなくてすぐに話を切り上げたはずだ。
よく覚えていたな…と思ったが、図星だっただけに、俺は否定もできず黙り込むだけだった。
「…つまんないこと聞いちゃったね。ま、セフナのタバコを吸う姿は好きだけど、程々にしなよ。」
そう言うと、ジュンミョンは俺から取り上げたタバコを灰皿に押し付けて消した。
寝そべるジュンミョンの白い背中に付けた紅い跡が、今日は妙に色っぽく見えた。
「僕さ、結婚することになったんだ。」
この前セフナが寝ちゃったから言えなかったことがあって…とギョンスヒョンから呼び出されたのは、それから数日後の事だった。
いつものカウンターに着くやいなや、ギョンスヒョンはそう言った。
「ソヨン。」
そう言って俺の肩越しに向けた視線は、俺の今まで見たどのヒョンの表情よりも温かくて優しい。
そう、俺には見せた事の無い顔。
俺の入る隙間なんて僅かも無い─完敗だった。
「初めまして、セフン君。ソヨンです。」
そう屈託の無い笑顔を向けるヒョンの婚約者は、誰がどう見てもお似合いな清楚なヌナだった。
幸せな2人を目の前にして、俺は果たして上手く笑えていただろうか。
「…もしもしジュンミョン?」
2人と別れると、無意識に俺はジュンミョンに電話をしていた。
「セフナ?どうしたの?」
ジュンミョンはオフィスでまだ残業をしていたのか、背後にザワザワと雑音が入る。
「…。」
電話したはいいものの、いざ何かを話そうとしても何を言っていいのか分からなかった。
そもそも、なぜジュンミョンに電話をかけてしまったのかも。
「…ちょっと待ってて。いつも待ち合わせてる駅まで来れる?30分あったら行くから。」
何かただならぬ雰囲気を俺に感じたのか、ジュンミョンは場所を指定してすぐ電話を切った。
ベンチに掛けて待っていると、余程慌てていたのか、前髪が飛び跳ねたジュンミョンが人ごみに紛れて改札から出てくるのが見えた。
「セフナ!」
ジュンミョンはそんな事に気付いていないのか、小柄な体をまるでウサギみたいにピョンピョン跳ねさせながら俺の方に手を振った。
その姿があまりにも可笑しかったから笑うと、ジュンミョンは「心配したから飛んで来たのに、何で笑ってんの?」と口を尖らせた。
「ごめん、ジュンミョン前髪跳ねたまんま。」
前髪を直そうとジュンミョンを見下ろすと、上目遣いのその目が俺を捉える。
「本当に心配したんだからね?」
ドキリと心臓が高鳴った。
「家行こっか。」
中途半端な時間になっちゃったからと、ジュンミョンは自分の住むマンションへと案内してくれた。
「もしかして、例の彼に振られちゃった?」
「単刀直入過ぎ…。」
「あ、やっぱそうだったんだ。」
「ほんっとうるさいよ。」
面白そうに笑うジュンミョンに腹が立って、思わず言い返す。
「正確に言えば、振られたも同然ってこと。」
事情を話すと、ジュンミョンは一切笑わずに真剣に俺の話に耳を傾けた。
「ふぅん…。セフナは辛い恋をしてたんだね。でも、何でセフナは彼に『好き』って伝えなかったの?」
「それは…ヒョンを傷付けたくなかったから…。」
「嘘。」
「…っ。」
「セフナは自分が傷付きたくなかったからでしょ?思いを伝えて彼の傍に居られなくなったらどうしようってさ。それで文句を言ったり誰かを代わりにするのは筋違いだよ。」
ジュンミョンの言う事は正論だ。
俺はいつでもギョンスヒョンから向き合うのを逃げてきた。
そして、自分からも。
誰かを代わりに好きになれたらどんなに楽だったろうか。
でも、なれなくて苦しくて、それは自分で自分の首を締めていた事に気付かなかったから。
「セフナ…泣いてる?」
「泣いてない…。」
どこまでも素直になれない俺に、ジュンミョンは呆れた様に、でも慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「一緒に寝よっか。」
「こうやって何もせずに一緒に寝るのも良いね。」
ふふっと笑うジュンミョンは、いつもの妖艶さは影を潜め、まるで俺を赤子の様に優しく抱き締めた。
トクトクと響くジュンミョンの心臓の音と体温、甘い香りが眠気を誘う。
「おやすみ、僕の愛するセフナ。」
眠りに落ちる直前、そう聞こえた様な気がした。
「ギョンスヒョン…。こんな時に言うのもなんだけど、どうしても伝えたい事があって。」
翌日、俺はギョンスヒョンを呼び出していた。
「何?」
何も知らないヒョンをいざ目の前にすると、やっぱり怖気ずく自分が居る。
でも、言わなきゃ前に進めない。
「俺…ずっとギョンスヒョンの事が好きでした。」
驚きに見開かれた目と共に、しばしの沈黙が流れる。
「ごめん、ソヨンヌナとは幸せになって欲しいし、ただどうしても伝えたかっただけだからっ…。」
沈黙に耐えられなくなった俺はそう言って踵を返そうとした。
「セフナ!」
振り返ると、笑顔のヒョンと目が合った。
「…ありがとう、僕のことを好きになってくれて。でも、やっぱりセフナは僕にとって誰よりも大切な弟なんだ。」
「…うん。」
分かりきっていた答えだったけれど、改めて言われるとやっぱり切ない。
「だから、セフナを誰よりも幸せにしたいと思ってくれている人と幸せになって欲しい。」
俺はその言葉を聞いてハッとした。
俺を誰よりも幸せにしたいと思っている人─。
俺は何でいままで気付かなかったんだろう。
俺の些細な変化にも気付いて、さり気なくフォローする人。
俺が前に進める様に背中を押してくれた人。
辛い時、何も言わずに抱き締めてくれた人。
「ジュンミョン!!」
そう叫ぶと、振り返った顔が遠目でも驚いているのがよく分かる。
「セフナ?どうしたの?」
「俺…やっと気付いたんだ。」
小首を傾げるその姿に高鳴る胸に、既に答えは出ている。
「俺と…きちんと恋をして下さい。」
そう言って抱き締めると、甘いジュンミョンの香りに包まれる。
「…どれだけ待ったと思うんだよ。遅いよ…バカ。」
「ごめん。」
そう言って俺の胸の中で震えて、でもしっかり俺を抱き締めるジュンミョンに、確かにここに愛があると感じた。
Fin.