セジュン

□Baby I love you.
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「セフナ、好きだよ。」

そう言って微笑む貴方は、誰よりも美しく、そして誰よりも遠かった。

貴方と出会ったのは、夜の漢江だった。

恋人達が愛を囁きながら行き交う歩道を、僕はベンチにかけてはぼんやり眺めていた。

「漢江のイルミネーションを恋人と見るのが夢なの。」

そう言っていた僕の恋人は、あっさりとその眺めをビルの上からプレゼントしてくれる男の元へと去って行った。

彼女にプレゼントするはずだったリングをかざすと、キラリとイルミネーションの光が反射して美しい。

けれど、今の僕にはその美しささえ煩わしかった。

そのリングを握り締め、暗く揺らめく漢江に投げ捨てようとしたその時─。

「ねぇ、君何で泣いてるの?」

振り返ると、暗がりでも分かる程色白な美しい男が、悠然と微笑んでいた。

その時、初めて自分が泣いている事に気付いた。

「あんたには関係ない…。」

「そうだね。でも、僕も君と同じ立場だからよく分かるよ。君、恋人を失ったんでしょ?」

「なっ…。」

「だって、君の左の薬指に着けてるリングと同じリング、投げ捨てようとしてたから。」

「…。」

「僕もね…色々あって恋人を失ったんだ。僕達、ここでたまたま出会ったのは運命だと思わない?」

スルリと僕の隣に入り込んだ彼は、近くで見ると更に透けてしまうんではないかという程白く、その白い頬に長い睫毛の影が暗く落ち、口元だけ微笑みをたたえていた。

閉じた瞳からは感情ははっきりとは読み取れなかったが、僕とどこか似た悲しみや寂しさを感じた。

絡みつく腕を拒めなかったのは、痛みを分かち合いたいというそれだけではなく、きっと貴方へと恋に落ちたから。

「僕の名前は、ジュンミョンって言うんだ。」

僕達がお互い自己紹介したのは、ベッドの中だった。

ジュンミョンはその童顔からは分からなかったが、僕より3歳も歳上だった。

僕がまだ大学生だと言うと、目を真ん丸にして驚いた。

その表情があまりにも可笑しくて笑うと、セフナは笑った顔が可愛いとね言って僕の頭を撫でた。

その薬指には、銀色のリングが輝いていた。

それからと言うものの、ジュンミョンと僕は時々会う様になった。

あの夜以来、僕もジュンミョンも前の恋人について話すことは一切無かった。

けれど、いくら会ってお互いの事について知っても、いくら体を重ねたとしても、ジュンミョンの左手の薬指に輝くリングは外される事は無かった。

ある夜、目が覚めると、いつもは僕の胸に顔を埋めて眠るジュンミョンの感触が無かった。

「うっ…。ヒック…。」

ふと横を見ると、ジュンミョンは僕に背を向けて、肩を震わせて泣いていた。

手を伸ばせば抱き締めてあげられる距離なのに、僕にはその距離がまるで永遠に届かない距離に感じられた。

翌朝目覚めると、ジュンミョンは僕の胸の中に居た。

すやすやと眠るその目には、うっすら涙が滲んでいる。

ジュンミョンが自分ではないくて誰を思って涙を浮かべているのかは分かる。

けれど、僕を、僕だけを思って欲しい。

ジュンミョンの過去に激しく嫉妬するぐらい、僕はジュンミョンにこんなに恋してるのだと気付かされる。

貴方はどう?少しでも、その心の中に僕は居るの?

その涙を拭うと、ジュンミョンがゆっくりとまぶたを上げる。

「セフナ…?」

見上げるその瞳は朝日を受けゆらゆらと揺れていて、僕を誘う。

「ジュンミョンさんの胸の中には…僕は少しでも居ますか?」

ピクリと震えると、ジュンミョンは目を逸らして俯いた。

「…くだらない質問しちゃいましたね。すいません。」

僕は服を羽織り、ジュンミョンの方を見れぬまま立ち去った。

そう、答えを聞くのが怖かったから。

それから、ジュンミョンとの連絡は途絶えた。

僕も卒論の準備などに忙しく、自分の意識からジュンミョンを追いやった。

卒論も落ち着き、残りは卒業だけというある日、突然ジュンミョンから『会いたい。漢江で待ってる。』とだけカカオが送られてきた。

忘れるようにしていた痛みが、貴方の姿と共に蘇る。

それでもその痛みすら愛しいと感じるのだから、自分に苦笑いが浮かぶ。

久しぶりに見るジュンミョンの横顔は、白い頬にイルミネーションが映り、相変わらず美しかった。

数カ月前よりも、いくぶんか痩せた様な気がして、抱き締めたい衝動をぐっとこらえた。

佇む僕に気付いたジュンミョンは、寂しげな微笑みを浮かべると、久しぶりと手を上げた。

その手の薬指のリングは、外されていた。

「ごめんね急に…。どうしてもセフナに言わなきゃいけない事があって。」

「…いえ。」

少しだけ距離を空けて、僕らはベンチにかけた。

ジュンミョンは、目線を波打つ水面にやったままぽつぽつと話し始めた。

「僕…恋人を失ったって言ったでしょ。それは、振られたとかじゃなくて、事故で亡くしたんだ。2年前に。セフナと出会った夜は彼の命日で、思い出の漢江で彼の後を追おうと思ってた。」

「ジュンミョンさん…。」

ジュンミョンの言う「失った」はそういう意味かと、ゴクリと息を飲む。

「フラフラしてたら、思い詰めたセフナに出会ってね…。何て言うんだろう…。死のうとしてた僕が言うのもなんだけど、セフナを助けなきゃって思ったんだ。」

そう言って、ふっとジュンミョンの表情が和らいだ。

「きっと、出会った瞬間から僕はセフナに恋に落ちていた。…でもね、同時に彼に対してすごく罪悪感もあって。セフナに惹かれれば惹かれる程、どんどん苦しくなって…。リングも外せなかった。セフナ、時々僕のリング見て思い詰めた顔してたよね?」

こくりと頷くと、ジュンミョンは心底申し訳なさそうな表情をした。

「だから、あの時僕にセフナが自分の居場所はあるかって聞いた時、あぁ、やっぱり僕はセフナも苦しめてしまっていたんだって思ったんだ。」

真っ直ぐに僕の目を見つめると、ジュンミョンは言った。

「セフナ、こんな僕のことを助けてくれてありがとう。最後に、セフナのもやもやした気持ちを少しでも払ってもらわないとと思って。確かにセフナは僕の心の中に居たよ。もっと次は良い恋をしてね。」

そう一息で言うと、ジュンミョンは立ち上がって歩いて行った。

その細い肩が、小刻みに震えているのに僕が気付かない訳がない。

僕は、ふわりと背中からジュンミョンを抱き締めた。

「…一方的に告白して、僕の前から居なくならないで下さい。」

「…セフナ…。」

「ジュンミョンさん言ったじゃないですか、僕達が出会ったのは運命だって。だから、運命はあの時から続いてるし、きっとこれからだって続きます。」

添えた手に、ジュンミョンの手が重なり、ぎゅっと力が入る。

「僕と、もう一度恋してください。過去も今の貴方も未来も、全て愛するから。」

ぽたりと涙が僕の手の上に落ち、こくりとジュンミョンが頷くと、僕は抱き締める力を強くした。






fin.





スホさん、お誕生日おめでとうございます🐰

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