セフド

□送ってあげる
1ページ/1ページ



つまらない。

「ねぇチャニョル君、もう1軒行こ?いいでしょ?」

僕の目の前で酔ったふりをして絡む先輩と、困った様に肩を借すチャニョル。

『ギョンス助けて。』

そう目で訴えられるけど、腹が立つから無視してやった。

恋人のチャニョルは優しい。

そんなとこに惹かれたし、今でも良いとこだと思う。

けど、悪く言えば思わせぶり。

僕と付き合うようになってからも、何人からアプローチされたんだろうか。

それを本人が自覚していない所が1番罪だと思う。

「…じゃあ、僕はお先に。」

幹事の挨拶でお開きになった所で、僕は席を立った。

「ちょっ、ギョンスっ!」

「自分で何とかしろよ。」

縋る様な視線を振り払い、僕はわたわたしているチャニョルを残し、1人出口に向かった。

「ギョンス先輩。」

少し舌足らずな声に振り返ると、後輩のセフナが立っていた。

…よりによってこいつか。

セフナは元々チャニョルの大学時代の後輩で、チャニョルを介して知り合ったのだ。

「チャニョリヒョンとケンカでもした?」

「…うるさいよ。」

「やっぱりね。」

ケラケラ笑うセフナに苛立ちながらも、図星だから言い返せない。

何故かセフナは、僕とチャニョルとの空気感を読むのがやたらと上手い。

だから、こんな時は会わないに越したことないのに。

「先輩。」

気付くと、セフンがえらく真剣な目で僕を見つめていた。

時々セフナは、こんな目で僕を見つめていることがある。

「…何。」

「いや、先輩可愛いなって。」

「男に可愛いはないだろ。」

くしゃっと僕の頭を撫でるセフンの手を避けようとすると、おもむろに僕の手をとった。

「…僕が送ってあげる。」

さっきまでのからかう様な表情とは一転して、セフンの真っ直ぐな視線が僕を捉える。

─ドクン。

怖いぐらい真っ直ぐなセフナの視線に高鳴った鼓動を、僕は気付かないフリをした。

振り向くと、チャニョルはまだあの先輩を相手にしていて、僕達の様子には気付いていないみたいだった。

「…ありがとう。」

気付くと、いつもなら断る誘いを僕は受けていた。

考えてみれば、セフンに送ってもらうのは初めてだった。

いつもはあいつが─チャニョルが送ってくれるから。

早く乗りなよとセフンが助手席のドアを開けると、いつもとは違うセフンの香りに包まれて、何故か柄にもなくそわそわしてしまう。

その上、さっきまで散々僕をからかったくせに、セフンは急に無口になるし…。

チラリと横目で運転するセフナを見ると、出会った頃よりも随分と大人びて、大人の男になったなと思った。

チャニョルと僕の痴話喧嘩なんかの世話を焼かなくても、それこそ綺麗な彼女の1人でもエスコートして帰ればいいのに。

そんなことをぼんやりと考えながらセフナの手元を見ていると、おもむろに「あのさ」とセフナが沈黙を破った。

「さっき先輩、チャニョリヒョンのこと思いつめた目で見てたけど、やっぱりケンカしたでしょ?それともやきもち?」

「またその話かよ…。」

「先輩のこと、心配してるんですよこう見えて。」

「…セフナの言う通りだよ。」

僕はため息をつくと、勘のいいセフナに観念することにした。

「チャニョルは優しくていい奴だよ。…けどさ、優し過ぎて自分に好意が向いてたら無下にできないんだ、たとえそれが僕以外でもね。」

「まあ、あんなあからさまにチャニョリヒョン狙いの女にも肩を借してましたもんね。…だから、当てつけなの?」

「え?」

そう僕が言うと同時に、セフンは車を止めた。

「だって、いつもチャニョリヒョンと居る時は、僕とでも2人きりになることないじゃないですか。」

「それはそうだけど…。セフナ?」

僕の戸惑った表情を見て、セフナはニヤリと口角を上げた。

「『送ってあげる。』なんて、言葉通りだと思った?僕はそんな紳士じゃないですよ。当てつけだろうとなんだろうと、先輩を奪うためならそれだって利用しますよ。」

「待って、セフナっ…。」

狭い車内で必死にもがいたけれど、僕の手はあっけなくセフナによって縫い留められてしまった。

「待ったら僕のものになってくれるんですか?」

「ちがっ、そういうわけじゃなくてっ…。」

また僕が抵抗を強めると、セフナはシートと共に僕を押し倒して、見下ろした。

強引な言葉とは裏腹に、僕を見つめる瞳は一瞬悲しげに揺らめいた。

「…ねぇ、僕がずっと先輩のこと見てたの知ってたでしょ?今更気付いてなかったなんて言わせないから。」

そう言うと、セフナは性急に僕のネクタイに手をかけた。

「やっ…待って!」

僕と話す時のあの真っ直ぐな少し熱を帯びた視線、チャニョルと話している時にワントーン下がる声。

そう、セフナの言う通り僕はセフナの気持ちに薄々気付いていた。

そして、それに応えられないのを知っていながら、僕はチャニョルへの『当てつけ』にセ
フナの気持ちを利用したんだ。

けど…。

「助けて、チャニョルっ…。」

そう言うと、セフナは酷く傷ついた顔でネクタイを外す手を止めた。

その手が微かに震えていることに、今更ながら気付く。

「ずるいよね、先輩は…。」

ぽつりとそう呟いたタイミングで、僕のスマホが鳴った。

『チャニョラ』

さっきまであんなに憎らしいと思っていた名前を見ただけで、何故か涙が止まらなくなった。

「…タイムオーバーですね、貸してください。」

僕の手からスマホを取ると、セフナは僕に代わって電話に出た。

『ごめん!ギョンス!ちゃんと先輩には付き合ってる奴居るんでって、はっきり断ってきたから!今どこ?』

スピーカーにしなくても漏れ聞こえるチャニョルの大きな声に、セフナは苦笑いした。

「…チャニョリヒョンが女に油売ってる間に、僕がギョンス先輩連れて帰っちゃいましたよ。」

『はぁっ!?何でお前が出てんだよ!?』

「ちょっと、セフナ!」

慌てて僕がスマホを奪おうとすると、セフナは見事にそれをかわす。

「ギョンス先輩が可愛いからちょっかいかけてみたんですけどね、チャニョリヒョンのことすごく好きみたいなんで断られちゃいました。」

あははと笑うセフナに、僕は冷汗が止まらない。

『おい!それマジで言ってんのかよ!』

「…ふふ。どうでしょう。」

『セフナ!今どこに居るんだよ!』

「安心してください、ギョンス先輩はきちんと家までお帰ししますので。…けどね、隙あらば奪おうって思ってる人間なんて沢山居るんだから、チャニョリヒョンはもう少ししっかりした方がいいんじゃないですか?じゃあ、おやすみなさい。」

そう言うと、セフナは一方的に電話を切ってしまった。

「僕は嘘は言ってませんよ?チャニョリヒョンがあまりにも頼りないから、ちょっと忠告はしちゃいましたけど。」

「セフナ…。」

「…だからさっき言ったことは本当。隙あらば、いつでもチャニョリヒョンから奪いますよ。僕だったらチャニョリヒョンみたいに先輩に不安な思いはさせない。…考えておいて下さい。」

そう言うと、セフナは僕を引き寄せて深く口付けた。

「んんっ…。」

逃げようとしても絡まるセフナの舌に、思わず反応しかかってしまう。

「さっき…無事に帰すって…。」

乱れる息でやっとのことセフナを押し返すと、セフナは僕の唇に人差し指を当てて、抵抗の言葉を封じた。

「電話した時点では、チャニリヒョンに嘘はついてないでしょ?それに、無事に帰しますよ。今日のことは僕と先輩だけの秘密。…そうですよね?」

そう妖しく笑うセフナから目を逸らせないのはなぜだろう。

「…うん。」

ますます高鳴る胸の鼓動に気付かないふりをして、僕は車を降りた。


Fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ