チャンベク

□火遊び
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「んんっ…。」

くぐもった寝息が背中から聞こえ、首筋に吐息がかかる。

「ベッキョナ、着いたよ。」

「う〜ん…。」

そう言って酔っぱらいのベッキョナを背中から下ろそうとしたけど、いっこうに起きる気配が無い。

「カギ開けるよ?」

カバンのポケットから何とかベッキョナの家の鍵を探し当てると、バランスを崩さない様に片手でベッキョナを背負い、片手で鍵を回す。

その間も、すぅすぅと安らかな寝息が俺の首筋を掠める。

「…まったく。人の気も知らないで…。」

思わず、ため息と共に心の声が漏れる。

ベッキョナと俺は大学時代からの親友で、社会人になった今でもこうしてたまにハメを外して飲むことがある。

ただ、こうして何も気にせずハメを外せるなんて今日が最後だろう。

「え?結婚?」

何の確証も無くこのまま続くと思っていた俺達の関係は、ベッキョナの一言で変わり始めた。

「そう。どうしても断れなくってさ。」

そう言って苦笑いするベッキョナの結婚相手とは、社内のお偉いさんの娘で、ベッキョナの同僚らしい。

「性格も見た目も申し分無いだけに、断るに断れなくて…ってとこ。ま、俺も身を固める程歳取ったってことだよな。」

そう言って笑うベッキョナに、俺は素直に『おめでとう。』なんて言えなかった。

叶わない思いなんて分かっているけど、それでもずっとずっとベッキョナの事を好きだったのは俺だから。

あの結婚報告から苦しみ抜いて出した答えは、『ベッキョナの親友として一生傍に居ること』だった。

ただ一点、好きという感情を殺しさえすれば、俺はずっとベッキョナの傍に居ることができるから。

「独身最後の夜だし、付き合えよ。」

そう誘ってきたのはベッキョナの方からだった。

あれから俺は、自分との葛藤もあってベッキョナを避けていた。

けど、これは気持ちにケリをつける最後のチャンスだろうと、ベッキョナの誘いに応じることにした。

なのに、ベッキョナは最初からそれ程飲めない酒をガンガンあおり、挙句の果てに俺がストップをかけて潰れてしまった。

そして、諦めるはずのベッキョナへの気持ちは、こうしてその可愛い寝息に阻まれている。

久しぶりに訪れたベッキョナの部屋は、俺が宅飲みするのに転がり込んでた頃とは違って、ずいぶんキレイになっていた。

ベッキョナをベッドに下ろすと、ふわりと甘い香りがした。

ベッキョナなら絶対に選ばないであろう、香りの強い柔軟剤。

俺は思わずいたたまれなくなり、立ち上がった。

「ベッキョナ…。俺帰るね。枕元に水置いとくから。」

そう言って背を向けた。


「や…。」

「え?」

気分でも悪くなったのかと枕元に膝をつくと、ベッキョナが急に俺の首に腕を回してきた。

「ちょっと?ベッキョナどうしたの?」

「…いや。帰るなよ。」

「ちょっ…んんっ。」

そう言うなり、ベッキョナは俺をベッドに引き入れ、深く口付けを交わらせた。

どれぐらいそうしていただろうか。

唇を離したベッキョナの潤んだ瞳が俺の目を真っ直ぐ見つめる。

「…俺、ずっとずっとお前のことが好きだった。今日のことは火遊びだったって思ってくれていい。都合のいいこと言ってるのは分かってる。けど…ほんの少しだけ俺の物になってよ、チャニョラ。」

そう言うベッキョナは、俺の知っているどのベッキョナよりも愛しくて悲しかった。

俺は、そう言って震えるベッキョナの手に、そっと自分の手を重ねた。

「…もっと早く気付けば良かったね。でも、明日からは誰よりも幸せになれよ。」







「おめでとうベッキョナ。」

「チャニョラ、ありがとな。」

バージンロードを花嫁と共に歩くベッキョナに、あの日のことなんて忘れた様に微笑む。

その背中を見送りながら、きっとこれでいいんだと、ステンドグラスに描かれた微笑む聖母を見上げた。

Fin.

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