チャンベク

□私鉄沿線
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乗客でごった返すホームでチャニョルを探す時間が、俺は何より好きだった。

俺とチャニョルの育った場所は、ソウルから私鉄沿線で約2時間かかるこの山あいの小さな町だ。

電車は1時間に二本程度、駅前には小さな商店街があって、これといった名物も無いけれど、ゆったりした良い町だ。

俺はこの小さな町でチャニョルと出会って、一緒に沢山の時間を過ごして、そしてこの駅から見送った。

「久しぶり。」

頭1つ人より出ているチャニョルは、大勢の人に紛れていてもすぐ分かる。

気付かれまいと少し屈んでいるけれど、バレバレなのがあいつらしくてつい笑ってしまう。

「何笑ってんだよ〜。」

そう笑いながら小突くチャニョルは、あの頃から変わっていなくてホッとする。

チャニョルは3年前、ソウルに遊びに行った時に大手の芸能事務所にスカウトされ、この町を出て練習生をしていた。

そして、努力の甲斐あって去年アイドルグループとしてデビューした。

男の俺から見てもカッコ良い容姿も相まって、チャニョルはたちまち人気になった。

そんなチャニョルと俺は高校生からの付き合いで、俺は大学生、チャニョルは練習生とお互い別々の道を歩み始めても、こうしてずっと付き合ってきた。

有名人になったのだから、車や飛行機で帰省すれば良いのに、チャニョルはこうして今でも律儀に私鉄沿線を使って帰ってくる。

きっと、俺がホームでチャニョルを待っているのが好きと言ったのを覚えているからだろう。

そんな所がチャニョルの良い所だと思った。

チャニョルの隣に並ぶと、あの頃には付けていなかった香水の香りがふわりと香り、すっかり垢抜けたなと離れていた時間を感じずには居られなかった。

「…!」

おもむろに、チャニョルに手を繋がれた。

「バカ!誰かに見られたらどうするんだよ!」

焦って周りを見渡して手を離そうとしたけれど、チャニョルはますます握る手に力を込める。

「誰も見てないよ。」

お前は気付いてないと言うけれど、お前は自分が思っている以上に周りから見られてる。

だから、俺はチャニョルに言わなきゃいけないんだ。

「チャニョル…。俺達、別れよう。」

その瞬間、ピタリとチャニョルの歩みが止まった。

「昨日、今日で出した答えじゃない。俺はきっとアイドルとしてのお前の足でまといになる。俺の存在でお前の将来をダメにしたくないんだ…。」

そう、きっとこの小さな駅もこの小さな町も、俺という存在も、もう思い出にしてくれたらいい。

「ベッキョナ…。本気?」

こくりと頷くと、チャニョルは力無く繋いだ手を離した。

そう、これでいいんだ。

翌日、ホームで俺は一人ベンチに腰掛けて、何をする訳でもなくぼんやりしていた。

チャニョルに告白されたのも、この駅のホームだった。

あいつは真っ赤になって震えてて、折角の告白も回送列車の音にかき消されて、よく聞こえなかったけど俺が「うん。」と返事をして付き合うことになって…。

ファーストキスも、お祭りの帰りで混んだホームで、振り向きざまにされたっけ。

あの時は、もっと雰囲気にこだわれよ!花束渡すとか!って怒ったっけ…。

考えれば考えるほど、ここはチャニョルとの思い出が詰まりすぎている。

自分から別れようと言っておきながら、女々しいなと苦笑いしながら腰を上げた。

その瞬間、目の前に花束を差し出された。

「!?」

驚いて顔を上げると、そこにはチャニョルが居た。

ここに帰る時はマスクにキャップをかぶって変装しているけど、今はそれも無く、誰がどう見ても惚れ惚れするあのアイドルチャニョルの姿だった。

チャニョルに気付いている乗客もチラホラ居るらしく、「あれ、チャニョルじゃない?」という声が聞こえる。

「お前…!こんなとこで何やってんだよ!」

「もう1回、ちゃんと告白させて。」

「何言って…。」

「芸能人としてのチャニョルとも、そうじゃないチャニョルとも付き合って下さい。」

「本当、お前ってバカ…。」

「ベッキョナだからバカになるんだよ。」

きっと俺は、これからもここでお前との思い出を作っていくんだろう。

fin.

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