植木鉢(またはオリジナル短編・中編集)

□変人二人、放課後。
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 だから、何なのだろう。
 正直に言うと、そう思ってしまった。
「割と真面目な話なんだよ。ホラ、あそこ」
 暖簾の指さす先にある、美術室の奥に置かれた古臭い棚の一角を見る。
「あそこに、一昨日まで卒業生の物も含めてかなりの数のスケッチブックが置いてあったんだよ。それが、いきなり消えた」
「いきなり?瞬間移動でもしたんじゃないのか」
「揶揄だよ。昨日の放課後、後輩が言っちゃん先に部活に来た時には既に無かったんだそうだ」
「要らないものと思って処分されでもしたんじゃないのか?」
「いや、あそこにある物には触れるなって、方正(ほうせい)が事務員に言ってあったから、そりゃあない。ゴミ捨て場ならもう探したしな」
 方正というのは、美術部の前任の顧問で、生真面目が服を着て歩いているような先生であったと記憶している。確か、今年の三月の終業式で定年を迎え、花束をもらっていたはずだ。
 噂によれば、怒るとかなりヒステリックになるらしく、よく暖簾の愚痴を聞いていたものだ。
 まあ、このちゃらんぽらんに話を聞けというのも無理だろうが。

 どうやら、その話によると、方正先生はかなり徹底して部活と授業以外で棚にある美術の道具類を触らせる事は無かったらしい。
 その美術室独自の規則は、今も伝統のように事務員に受け継がれているそうだった。
「だから、事務員も生徒会も、許可なくあの棚には触れないんだよ」
「ふーん」
 だが、方正先生は定年退職されているのだし、「それならいいか」と持って行ってしまう、恐れを知らない新人職員がいてもおかしくはない。
「新人職員っていえば、美術部の顧問も、今年度新しく入ったんだろう?」
「んん、まあな。三斗(さんと)センセっていうんだけど、小さくて、可愛い先生でさ、話によると、この学校の卒業生らしいんだよ。だからよく、この学校の七不思議とか教えてもらってんだ」
「七不思議って……お前な。私たちの学校が創立何年だと思っているんだ?」
「ああ、今年で八周年だっけか」
「そんな新設校に、七不思議もなにもないだろ」
「あー……そう言われればそうか」
 卒業生であるなら、若い教師であることは間違いないだろう。二十二、三歳くらいだろうか。
「でも、三斗センセなら卒業生だし、方正のことも知ってるから手も出さねえよ」
「まあ、それもそうか」
「方正、最後の最後で『ちょくちょく顔出す』って宣言していったし、きっとその時に棚の中身とかチェックされるの分かってるから手を出したくても出せねえだろ」
「未練たらたらじゃないか、方正先生。よく大人しく退職したな」
 女々しいな、さすがに。まさか思い出の品、とか称して方正先生が私物化して持って行ったのではなかろうか。
 だとすれば、それほど迷惑極まりない事は無かろう。

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