植木鉢(またはオリジナル短編・中編集)

□変人二人、放課後。
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 だが、糠釘は私のこの考えに「いや、違うと思う」と首を振った。
「方正、結構厳しいけど、自分自身にも厳しいところがあるんだよな。なんていうか、妥協を許さない、みたいな。そこまでロマンチストでもねえと思うし」
「硬派か。美術をやっているというのにロマンチストでないというのはなんだか若干ずれている気もするが」
「論理的でないことが好きじゃない、みたいな話は聞いたことがあるな。
理数系の方が得意だったって前に聞いた」
「数字の美学、みたいな感じか?」
「いや。だから、そういうんじゃないんだよ、方正は。遊び心が無いの」

 粋じゃないんだよ、と糠釘が付け足す。

 その眼が、「要するにお前の同類だ」と語っている気がして、やり辛く思った私は糠釘の視線から逃れるために、後ろの棚に再び目を向けた。
「糠釘、お前はさっき、確か『卒業生の物も含めて』といったな。なら、お前ら、現・美術部員のスケッチブックも消えたのか?」
 明らかな話の方向転換に、後頭部をデコピンされた。直後に何もなかったかのように話してくれるのは、こいつの数少ない美徳であろう。

「ああ。コンクールに出す絵の下絵とか書いてた奴もいたからな、被害はそれなりに甚大だ」
「それなりにっていうのが、どのくらいかは知らないが……。さっきの口ぶりだと、まるでお前は被害に遭っていないようだな」
「あれ?言ってなかったっけ。自分はあそこに置いてあったスケッチブックには練習用のデッサンしか描いてねえんだよ。だから、コンクール用とかの重要なやつはこっちのファイルに全部閉じてんだ、まめだろ?」
 糠釘はそう言って、自身の横の机に置いた青色の分厚いファイルを指した。試しに少しめくってみると、確かに絵の描かれた紙は何枚も入っているのだが……。
「お前、この下絵の紙、学校の藁半紙じゃないか。ただケチってるだけだろ。
……一応良かったなとだけ言っておく。
で?それなら、スケッチブックを探すことによるお前の利益は何だ?ケチなお前が何の得もなくただ私の手間で借りたいわけないだろうが」
「バレた?いやあ、ただ自分は、後輩からの好感度を上げたいだけだよ、妙に嫌煙されてるようだし」
 まあ、そんなところだろうとは思っていた。 こいつが何の下心も無しに能動的に動くなんて言うのは、天変地異にも相当する大珍事だ。
「嫌がらせか何かで隠した奴とか、いるんじゃないのか?美術部って、コミュ障多そうだし」
「偏見酷いぞ、お前。
そりゃあ確かにコミュ障はいるっちゃいるが、むしろ俺の知ってる後輩や先輩は遊び慣れてる人の方が多い」
「そりゃあ、お前の周りによってくる人間なら、そうだろうさ」
 さっき、さらっと同級生を抜かしたことは気づかなかったことにしてやろう。何かと、同級生に恨みを買いやすい奴なのである……。
 いや、本当は、自分の周りの人間以外には猫を被っているだけなのだが。
「それに、いじめが原因だっていうんなら、何でターゲット以外のスケッチブックまで持って行くんだ?」
「……それも、そうか」
「それに、いじめでスケッチブック隠そうったって、そうそう簡単に持っていけねえよ。ほら、入り口のすぐそばにドアがあるだろ?」
「あそこは……美術準備室かなんかか」
「惜しい。準備室はそれよりもっとこっち側。あそこは、美術研究室で、顧問ともう一人の美術教師の……えっと、紗伊だ。紗伊がずっとあそこにいるんだよ。まあ、今は職員会議中だから誰もいないが、美術教師は二人しかいねえが、もう一人の方は本当にいつ来てもいる。
しかも、そいつが中にいるときは物音がほとんどしないから、居るか居ないかも分からねえ。そしてドア開けてないはずなのに、自分が美術室で何やってたか知ってるんだぜ、怖いっつうの」
「紗伊……。ああ、非常勤の」
「そうそう。あっちとはまともに話したことないから経歴とか分かんねえけど」
「じゃあ、研究室の中は探して無いのか?」
「いや、三斗センセがもう探してる。ここと、研究室と、準備室と、あとはゴミ捨て場くらいか、探したのは」
「ふうん。持って帰られた、とかは?」
 糠釘は、「うーん」と首をひねって棚に合ったはずのスケッチブックを見た。


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