倉庫

□Fe=x,大人<x<子供
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「掃除用具のひとつもまともに無いのか、ここは!」

「さ、審神者様っ!落ち着いてください!」

「これが冷静でいられますか?
なんだあの腐敗物は。掃除用具がただのゴミに成り変わっていた!
最悪だ、これ以上私の食費を削れと言うのか!?
政府に補償金の追加を頼めないのですか!」

「申請に二ヶ月ほどかかります……」

「馬鹿ですか?
二ヶ月も待っていたら先に私の食糧が底をつきます。
あと、どれ程節約しても半月。なのに政府は健康を維持しろと言う!
刀剣男士の一人もまともに顔を出さないこの本丸で、出撃の主要ノルマを果たすことなんて不可能に決まっているでしょうが!」


 私は荒れていた。

 それはもう、目も当てられないくらい荒れていた。

 ブラック本丸、なんて言葉があるが、本当にブラックなのは本丸ではない。

 政府だと言うことを今更ながらに実感していた。

 今日、掃除用具を探すためにざっと見て回ったが、畳が腐っていたり床が抜け落ちていたり、壁が崩れていたりと、かなり悲惨な状況だった。

 審神者の霊気の加護を受けていない為だろう。

 そうでなければ高々数年であそこまで崩壊することはない。

 審神者部屋が無事なのは、結界が常に張られているためか。

 人のいない審神者部屋が守られ、刀の息づくその他の部屋が崩れていくとは、なんとも皮肉だ。

 井戸から汲んで煮沸消毒をした白湯を一気飲みする。

 火打ち石で腐った雑巾と倉庫の扉を燃やした時の火で沸かしたため、光熱費はかかっていない。

 食中毒の不安はあるが、恐らく大丈夫だろう。

 勿論、室内でそんなことをするわけがないので、今は縁側に一人と一匹で並んで座っている。


「せめて、他の審神者からなにか譲っていただけたら……」

「ふむ、それならよい案があるぞ」

「……いつからそこにいた」

「そうさな、主が政府への愚痴を喚き散らしている辺りからかな」


 こんのすけの代わりに、聞き覚えのある声が反対からした。


「三日月宗近、せめてなにか一言声をかけろ」

「すまんな。年を取るとすっかり…」

「どの口が言うか」


 睨み付けると、微笑みで返された。

 昨日の夜這い事件。

 結界が張ってあったはずなのにこいつの侵入を許してしまったのは、私のミスだった。

 前任の設定をほぼ見ずにそのまま再登録してしまっていたのだ。

 即刻、その日の内にすべての設定を洗い直した。


「また夜這いに来たか、助平爺」

「返す言葉もないな」


 そう言って、彼はさらに私との距離を詰めた。

 自然と、私と三日月宗近が寄り添う形になる。


「寄るな気持ち悪い」

「はっはっは、良いではないか」


 自分より大きな体温の塊が擦り寄ってきて、居心地が悪い。


「いい案とはなんだ」

「聴くのか?」

「野垂れ死ぬのは御免だからな」

「ならば…」

「夜伽は尚のことごめん被る」

「添い寝だけでも良いさ。一人の身が辛いだけなのだ」

「抱き枕は要らない。お前は大きすぎる」

「手を繋いでくれるだけでいい」

「……相当に、今のあなたは気持ちが悪いということを自覚した方がいい」

 だが、いい案があると言うならば仕方がない。

 手を繋ぐだけで食を得られる可能性が少しでも上がるなら。


「っ待て待て待て。
恋人繋ぎの必要は無いだろう?」

「嫌か?」

「イヤだ。全力でイヤだ。」


 三日月宗近が勝手に握った手を握り直す。

 彼は私の手をそのままゆっくりと自身の膝に引き寄せた。

 体が、さらに密着する。

「演練に出ればよいのだ。
すれば、他の審神者とも繋がりが持てよう」

「それができないから困っている。
私が出るわけにもいかんだろ」

「主。なにか勘違いしているようだが、俺も刀剣男士だぞ?」

「一人しか見つけていない刀剣男士をむざむざ演練になど連れていけるか。
刀装も馬も、まだ作れてない」

「演練ならば、主の嫌いな政府が無償で手当てをしてくれよう。
ノルマも少しは解消されるのではないか?」


 なるほど、たしかにそうだった。

 だがやはり、刀装の一つも付けずに……。


「主」


 と、いつの間にか組み替えられて恋人繋ぎになった右手を、三日月宗近の右手がさらに引き寄せた。


「おまっ、いつの間に!」

「主が必死に損得勘定をしている隙に、な」


 にっこり、と。

 見る者を残らず惚れさせる、魔性の笑み。

 その本性を知っている私が惚れるはずはないのだが。


「主はなんの心配もするな。
闘いに傷はつきものだ」

「そうだぜ嬢ちゃん。
傷のことを一々心配してても埒が明かねえよ」


 背後から、聞きなれぬ男性の声がかけられた。

 だが、知ってはいる。

 この声の持ち主を。


「なるほど、鶴丸国永ですか。
あなたもこの作戦に参加なさるのですか?」

「そりゃあ、あんた次第だな」


 背後から届く声に、首を無理な方へ傾けながら相手を見る。

 第三者として登場したその人物は、雲に隠れた月光なくしても飛び抜けて白く際立っていた。


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