倉庫

□追って追われて。
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「メーデーメーデーメーデー!!応答せよ!こちら第二大隊!応答せよ!!」
『……ぃ…………あがっ……たぃ……』

そこでは、血と火薬、そして肉の焼け焦げる臭いが、嘗ては人の営みがあったであろう地を満たす。砂混じりの風が、ボロ雑巾のように地に伏す死体の衣服をバサバサと叩いていた。
辺りには見渡す限りの、死体、死体、死体。その中で一人、死体たちの羽織るものと同じフードをはためかせる小さな背中があった。
荒廃した平野で、まともに答えない通信機を血が滲むほど強く握る小さな両手には、使い続けた銃の硝煙と死んでいった……或いはその手で殺してきた人々の返り血が染み込んでいる。
気丈にも涙を溢すまいと震える薄い肩を摩るべき大人たちは、作戦の指令部に直撃した敵の砲弾と弾丸の雨で唯の肉片になった。
共に手を取り合い、戦った兵士たちも……。


「応答を……お願いしますっ、指示を……!!」

――遠くから、数多くの足音と重機の走行する音が聞こえていた。

この前線を壊滅させていった敵国の兵が去っていくのだ。ほとんどの仲間は死んだが、数少ない生き残りは捕虜となり敵国のトラックで送られていった。この少年だけは死体の下に埋もれ、同化することでなんとか逃れたが、直ぐにまた敵国の兵が来ることは用意に想像がつく。
その気配に再び顔をあげたその少年は、なにかに怯えるように後ろを振り返った。砂塵を巻き上げた風が、過ぎ去った足音と銃声を渇いた曇天に塗り込めていく。
少年は、手に持った銃を強く抱き締めた。

――捕まってはいけない。自分には、この戦いを生き延びて成せばならないことがあるのだから。

強い決意を胸に、さらにもう一つ打ち捨てられた武骨な銃を肩に掛け、敵兵の去った逆の方向へと逃げるように走っていった――。

× × ×

大海原の真ん中を、一艘の船が荒波に揉まれながら進んでいた。鴎たちの鳴き声が潮風に溶けるように響いている。
嵐へとまっすぐ進むその船には、体力や筋力、武に覚えのある幾人ものむさ苦しい男たち。
そんな中、男たちの目に留まらないような小さな物陰に縮こまる、血の微かな臭いと砂煙の香りを漂わせる軍服を纏う少年は静かに思った……。

(あぁ、この空気。むさっ苦しい感じ。軍隊にいたときと似てるなぁ……)

戦場から脱走して三ヶ月。敵国の小柄な兵士の死体から軍服を拝借し、身体中にボロボロな包帯を巻いて、負傷して戦場から逃げ帰った体を装い、インターネットでハンター試験に申し込んだ。路銀を出すためにその軍服は売って、今は所属していた国の軍服を纏っている。
確かに、資金力のある敵国の軍服のほうが多機能ではあった。が、年中寒風にさらされる戦地と、年中太陽に燦々と照らされるこの国とでは、勝手が違う。お金のある国が作った、寒風を乗り切るための厚手の軍服より、多少防御力で劣ろうともぺらっぺらな軍服のほうが、ある意味ここには適しているのだった。
 そのことに関して、所属していた軍のある国に思い入れなんて毛ほどもなかったが、ともに戦場で過ごした戦友たちへの思い入れくらいなら、もしかしたらあったのかもしれなかった。本人にも、それはわからない。

そんなわけで、少年はハンター試験の会場のある場所の近くまで運航する、専用の船にひっそりと乗船していたのだった。
なぜハンター試験に応募したのか……少年は、二年間本物の軍に所属し、本物の戦場を銃片手に駆けずり回ることのできた、その生まれ持ったものであり幼い頃散々恩師に叩き上げられてきた精神力と持久力には自信があったからだ。それに何より、資格がとれなければ逮捕されてしまう危険があった。
敗戦確実とはいえ、まだ所属していた国は、現在も何とか体裁を保っている。そのため、少年は戦場から仲間を見棄てて逃げ出した落伍者、脱走兵としてその国から追われる危険性が高かったのだ。
しかし、ハンター試験の危険性はかなり高く、死傷者も毎度毎度かなり多く出ている。……だから、少年としてもかなりの賭けであった。だが、だからこそ、勝ち取った後の利益はすさまじい。

「……はぁ」
「だいじょうぶ!?」
「はい、問題ありませ……ぅえあうっ!?」

反射で答えた少年は、目の前に立つ存在に始めて気付き、素頓狂な声をあげた。
相手もまさかそこまで驚かれるとは思わなかったのか、互いに目も口も開ききったまま固まる。

(久しぶりに年下の人間見たな……隊には年上しかいなかったし)

唖然としながらも頭のどこかでそんなことを思いながら相手を観察する。
 黒髪の、ノースリーブのシャツと短パンをはいた、釣竿を持つ自分より身の丈の低い男の子の登場に、少年は戸惑った。どこか心配そうな表情で少年を見つめる男の子の瞳は黒いが、しかし幼いが故の情熱と直向きさのある眼差しに、少年はぎこちなく視線をそらした。自分が汚いことを諭された気分になって、一方的に居心地が悪かった。
未だ緊張の解けない少年に対し、相手の男の子は困ったように笑いながら「ごめん、驚かせちゃったね」と謝ってきた。

「怪我してるの? 血の臭いがする」
「あっ、えっと、も、問題ありません! その臭いは、……っど、道中で賊に襲われて返り討ちにしたときの返り血であります。ご心配お掛け致しました」
「そっか、すごいね!」

 少年は嘘をついたわけではない。道中で追剥ぎに会い、返り討ちにした時の返り血は確かに多少付いていてもおかしくはないが、それ以上に戦場でたっぷりとしみ込んだ返り血については言及を避けた。だが、直後にニコニコキラキラと眩い純朴な男の子の笑顔を目の当たりにし、罪悪感に苛まれつつも「よろしくお願いいたします」と礼をした。
軍帽を脱ぎ、軍式の礼をする。少年の動きはひどく洗練されたそれであり、一切の無駄を感じさせない。だがそのきびきびした所作の端々からは力強さを滲ませている。
その美しさに目を見張りつつ、相対した男の子は軍服の少年に自らの名を名乗る。

「オレは、ゴン。ゴン=フリークス! よろしく!」
「フリークス……」
「どうしたの?」
「あ、いえ! 同じ苗字の人を知っていたものでして!」
「へぇー、そんな偶然ってあるんだね!」
「そのようですね。自分は菊水神と申します。ジンが名で、アキユは姓であります」

 そう言って、ジンは男の子――ゴンに話しかけると、ゴンはぽっかりと口を開けて見返した。

「……どうされたでありますか?」
「う、ううん! なんでもない!!」

 お互い頑張ろうね、と言って走り去っていくゴンの背中に既視感を覚えつつ、笑って敬礼を返しながら、ジンはゴンのさきほどの表情について首をひねったのであった。


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