倉庫

□電動の箱から、あなたの元へ。
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【コミック八巻If】

昼過ぎ、ある町の一角にて。
とあるネットカフェの一室、最新機種のパソコンとハンター証を使って、クラピカは調べものをしていた。
ハンター証は、持っているだけでも危険に晒される。そのため、公共の施設などの履歴に残っても個人を特定できない場所で使わねばならないのだ。――もっとも、彼自身に変える家などないのだが。
静寂な空間には、ひっそりと緩やかなピアノのBGMが流れていく。机の上には、近くのコンビニで購入したサンドイッチの袋と、最低限の筆記用具、そしてプリンターから吐き出された資料の山。
彼は一度手を止めて、背中を椅子に預ける。曲線を描くプラスチックの背凭れが僅かに軋んだ。
ん、と両腕を前に突き出して伸びをする。
ここに籠って、二日目が経った。そろそろ外の空気を吸った方がいいのかも知れない、と考えて、整理に区切りのついた資料に目を移す。その一番上に積まれた、トランプほどの小さなデータカードを視界に映した途端、すっ、と頭に冷水が掛けられたように冷ややかな思考がクラピカの脳を支配した――或いは、煮えたぎる油の様な怒り、もしくは憎悪なのかも知れないが。
積まれた書類の目的は、ヨークシンのオークションに入り込むために雇われた、ノストラードファミリーからの課題をこなすためのもの。そしてデータカードには、収集対象のリストが入力されていた。中身はすべて、人体に対し、異様な執着を見せるような物ばかりである。
暫しクラピカはそれを見つめてから、逃げるように目を逸らそうとして――しかし、このまま目を逸らすのはどうにも煮えきらず、そのまま手に取った。

『クルタ族の眼球』……この言葉を見るたびに、目の前が赤く燃え上がるような激情とやり場のない悔恨に駆られる。
睨み付けるように見詰めていると、偶々眼球が自然にミリ単位で傾いた先、つまりはその言葉の次の項目に、聞き慣れない言葉を見つけた。

『稀人(マレビト)生者かつ言語の習得を最低限済ませているもの。五体満足ならなおよし。S級』

――S級。
カードの単語を最後まで見ても、S級以上の品物はない。詰まるところ、これが最大ランクなのだろう。
気になってインターネットで検索しても、どうにも的はずれな回答ばかりだ。

「……使うか」

誰に言うでもなく、呟く。
開いたのは、『ハンター専用サイト 狩人の酒場』。証ナンバーを入力し直し、ハンター証を差し込むと、酒場の扉が重々しい音とともに開いた。
バーテンダーにカーソルを合わせ、『人体』と『病』の項目を調べるが、出てこない。意地になって片っ端から場当たり的にクリックを繰り返していく。
果たして何度目のクリックか、下から数えた方がまだましであろうという項目、『超常現象』の中の真ん中辺りにやっと『稀人』の文字を見つけた。

『稀人か 3000万いただくぜ』

バーテンダーの頭近くから飛び出した吹き出しの内容、今までより、1000万ジェニー高いその金額に眉を寄せながらも、少し迷ってから金を振り込む。

『OK それじゃよく聞きな 稀人は』
『突然現れる』『入り口は恐らく暗黒大陸のどこかにあると噂されている』『念を習得している』『この世界より発達した文明』『年齢、性別はバラバラ』『それぞれの言語にかなりの違いがある』『50年〜100年の間隔で、各地で発見される』『最後に見つかったのは、70年前』『私語は跡形もなく消える?』『手に入れると』『破滅を招くとされる』……

『超常現象』の項目においては、かなりの情報量だ……、だが、何かがクラピカの中で引っ掛かった。
突然現れた、言語に違いのある、自分達より発達した文明の持ち主。まるで、幼い頃クルタ族の村で助けたあの女性のような。――彼女の来た数年後、クルタ族には破滅がもたらされた。

――では、シーラも『稀人』だったのか……?

いや、違う。クラピカは頭を振った。
情報には『この世界より』という言葉が載っている。対して、彼女の持つ情報量は、思い出してみれば、一般人より僅かに多い程度のものだった。
なんの条件もなく『念を習得している』というのも不自然だ。稀人の来る元の文明では、念を習得していることが常識なのだろうか?
難しいが、可能かもしれない。しかし、それと同時に『年齢、性別はバラバラ』というのも気になる。もし今までの稀人の中に、言葉を覚えたての殆ど赤子同然の者がいたとして。果たしてその子にも念を習得させることは可能なのか?
キルアはどうだっただろうか、と友人であり暗殺一家の少年を思い出す。
ハンター試験の最終試験で彼の兄が用いた針。自身の顔の形や、相手を意のままに操る、あの技。今にしてみれば、あれは操作系の念能力だったはず。
あれを使ったとき、キルアは確かに驚いていた。『凝』を駆使すれば、変装を見破ることも、難しくはなかったはずだ。しかし、彼は気づかなかった。――つまり、念を習得していなかった?
『実家(ゾルディック家)』に囲われ、他の兄弟より未来を期待されているかれが、家族から念を教わっていなかったとすれば、恐らく「危険だから」。
家出騒ぎのような喧嘩騒ぎを悪化させないためでもあるだろうが、それを恐れるようなゾルディック家ではないだろう。ならやはり、大きすぎる力が彼の体へ負担をかける可能性があるからだろう。
ならば、『年齢、性別はバラバラ』で『念を習得している』のは不自然。

――やはり、この項目は怪しい……!

クラピカの眉間に、無意識に力が入る。
入手難易度は、『A(難しい)』。理由としては、「姿形では判じにくいこと」、「出現確率が極めて低く、出現予測もできないこと」、「生きている人間であるため、正規のルートにて金銭でのやり取りができないこと」、「知名度が低く、条約としてV5での保護を受けること」。
……条約を反故にしてまで手にいれようとする者たちがいるからこそ、データカードにも記載されているのだろうが。

「……っ、」

ブルブルブル、と胸元のポケットから伝わる唐突な振動に、びくりと肩を揺らした。
新調したばかりの携帯電話を取り出す。角のある昆虫をデフォルメした形が場違いに可愛らしい。どうにも自分には似合わなく思い、微妙な気分になりながらも、左右に外羽を開いて、尚も震わせる着信の相手を確認する。

『イズナビ』
「……」

ぷつ、と受話器を伏せたマークのボタンを押せば、強制的に震えは止まった。
念を覚えるため、クラピカが師事をしていた彼からは、「安否確認」を称した電話がこれまでも数回かかってきていた。内容もまさしくその通りで、彼のその若干迷惑なお人好し加減には、一人を好むクラピカには少し煩わしいものを感じていたのだ。

――どうにも、自分の周りにはお人好しが多くて困る。

また視線を画面に戻すと、十秒も経たないうちに再び同じ名前から電話がかかってきた。
誰も見ていないだろう個室の中、整った顔を苦々しさに歪ませながら小さく舌打ちをしてから、携帯電話を耳に当てた。

「……なんだ、いきなり」
『なんだとはなんだ、てめえ。師匠の電話切りやがって』

忙しい時にかけてきたのはそっちだろうが、と顔の見えない相手に再び舌打ちをしそうになりながらも話を促す。

「それで、安否確認ならもう済んだだろう。私は忙しい」
『だあっ、待て待て、まだ切るな! 重要な話なんだよ!』

嫌な予感が頭を過る。
クラピカは、まさかとは思いつつも、一応聞くことにした。

『山で人が倒れててな、放置するのも危険だし、一応拾ったんだが……』

珍しく弱ったような声で、イズナビが唸る。

「それで、どうしたんだ」

話の進まなさに苛つきを覚えながら、再度問い掛けた。
一方イズナビは、竹を割ったようにはっきりとした弟子の性格を考え、『本当にこいつで大丈夫だろうか、いやしかし……』なんて、らしくもなく自問自答しながら、答える。

『お前、この娘のこと引き取ってくんねえ?』
「……――は?」

自分にも、こんな間抜けた声が出せるのか――クラピカは、頭の隅でそんなどうでもいいことを思った。
そして今度は、自分の聴覚を疑った。

「すまない、聴き間違ったようだ。もう一度言ってくれないか?」
『あ、ああ、そうだよな。いきなり過ぎたな、悪かった。
ちょっとその娘と言葉が通じなくてな、怪しいからお前が引き取ってくんないか? ハンター協会に引き渡すまででいいから』


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